柔道からの転向、そして連敗。「向いてない」と落ち込んだ駅のホーム
2018年8月にプロデビューして以来、21勝(18KO)2敗1分の佐々木尽は、これまで幾多の困難に直面してきた。計量失格で6カ月間のライセンス停止、肩の手術、初の世界タイトル戦で壮絶なKO負け……「浮き沈みが激しいボクシング人生」を送ってきた。世界戦に敗れて自分の弱点を見つめ直した男はウェルター級世界王座を目指して、着実に歩みを進めている。
佐々木尽はもともと、柔道少年だった。「柔道で世界チャンピオンになる」と心に決めて練習に励んでいた。その一方で、中学生になってから週3回ほどボクシングジムに通い始めた。それが現在所属する八王子中屋ボクシングジムだ。
「もともとは柔道をしていたんですけど、戦闘的だったこともあって、襟をつかむ時に相手の顔に手が当たることがよくあったんです。それを見た父に『ボクシングのほうが向いているんじゃないか』と言われて、ボクシングジムにも通うようになりました。同時に学校の部活で陸上競技もやったんですけど、走るばかりで面白くない(笑)」
柔道少年の目標が決まったのが中学3年生の時だった。
「柔道の強豪校に入学するという選択肢もありましたが、ボクシングに魅力を感じて、打撃のほうがカッコよく思えました。中3の時に『ボクシングで世界チャンピオンになる』と決めて、柔道をやめてボクシング一本で行くことにしました」
しかし、ボクシングのアマチュアの試合に出場した佐々木はいきなり挫折を味わうことになった。
「全国優勝してやろうと思ったんですけど、はじめは負けまくったんですよ。『ボクシング、向いてないな……』と、試合会場からの帰りの電車のホームで落ち込んだこともあります。殴り合いで負けたことが悔しかった。そのうちにボクシングは喧嘩じゃないということが少しずつわかってきました。試合に負けてもボクシングを続けたのは、負けた気がしていなかったから。ポイントを取られただけで殴り合いでやられたわけじゃなかったから」
柔道で鍛えた体幹、瞬発力と持久力ではボクサーに負けていないという自信があった。
「スピードでもパワーでも勝っている。フィジカルは全然上だから、ボクシングの技術をつければいい。負けてもあきらめられなかったし、ボクシングを極めてみようと思いました」

狙うは前人未到の頂。「日本の歴史を変えるために生まれてきた」
プロになってからはKOの山を築き、22戦目で世界挑戦のチャンスをつかんだ。
「ジムワークや走り込みがキツい、合宿がしんどいとかは当たり前です。自分の中では、『日本の歴史を変えたい』という気持ちがめちゃめちゃ強い。それが一番の原動力になっているのかもしれません」
狙うのは日本人の誰も腰に巻いたことのないウェルター級世界チャンピオンのベルトだ。
「自分はそれを取るために生まれてきたんじゃないかなっていうぐらいの気持ちでいます。俺が取らないといけない。そのためには実力をつけて、本物になりたい。実力があるのって、カッコいいじゃないですか。全力で世界のベルトを取ってしまえば、俺の人生勝ちぐらいの感じで生きています」
プロボクサーになって8年、順調な歩みに見えるが本人はそれを否定する。
「連戦連勝の井上尚弥選手は素晴らしいですけど、自分とは違います。あんなに完璧な人間にはなれません。もともと器用なタイプでもなくて、どちらかといえば普通の人寄りじゃないですかね。だからこそ、尚弥選手には出せないものを見せられると思います。その部分を大切にしたいですね」
本場ラスベガスでの進化。世界王者とも渡り合う「スパーリングの手応え」
9月21日、東京たま未来メッセでWBOアジアパシフィックウェルター級王者のセムジュ・デビッドと対戦する。11戦9勝(5 KO)1敗1分の戦績を誇るウガンダ人だ。
「ウガンダ代表として東京オリンピックに出た選手ですけど、強いボクサーとの試合じゃないと面白くないじゃないですか。ずっと応援してくれているファンにKOを見せたいですね。地元の方たちの声援を受けながら戦えるのは楽しみです。東京ドームの5万人以上の視線を受けたのは気持ちよかったけど、また違った楽しみがあります」
6月半ば、アメリカに飛び、ラスベガスのジムでトレーニングを積んでいる。
「これまで何回も行っているので、向こうのジムの雰囲気に慣れてきました。強い選手とのスパーリングを通じて、学ぶことはたくさんあります。アメリカやメキシコの選手はディフェンスを重視していますね」
WBA世界ウェルター級王者のローランド・ロメロともスパーリングを行った。
「意外と自分、スパーリングでイケちゃうんですよ(笑)。試合になるとどうしても『倒してやろう』と思っちゃうけど、力むことが少なくて、ディフェンスもしっかりできる。スパーなら、世界チャンピオンが相手でも全然イケます」
驚異的なKO率が示すように、佐々木の最大の魅力は攻撃力だ。それを最大限に生かすためにはディフェンス強化も欠かせない。
「アメリカで練習するうちに、ディフェンスに対する意識が変わってきました。ただ、自分の実力の全部を試合ではまだ発揮することができていません。今はいろいろなケースを考えながら練習をしています。スパーと同じように戦えば、もっとスパンと倒せるはずです」
波乱万丈の「ザ・ムービー」。全戦全勝ではないからこそ美しい生き様
佐々木のキャッチフレーズは「ザ・ムービー」だ。誰が相手でも、魅せることを意識している。
「自分の生き方を表す言葉です。どんな人でもいい時もあれば悪い時もあると思うんですけど、自分の場合はそれが激しい気がします。ボクサーとしてやっちゃダメなこと(計量失格)をやったし、世界タイトルに挑戦してKO負けしちゃったし。何度も、どん底に落ちました。その浮き沈みが、映画のような感じなんです。全戦全勝ではない生き様ですね」
プロデビューから21戦(18KO)2敗1分。「日本人初のウェルター級世界王者になる男」が爆発する日は遠くない。

【取材・文=元永知宏(もとなが・ともひろ)】
1968年生まれ。立教大学卒業後、ぴあ株式会社に入社。チケット情報誌『ぴあ』に配
属になり、プロレス、ボクシング、キックボクシング、空手、総合格闘技などを担当
。1990年、2000年代のビッグマッチのほとんどを取材している。2015年からスポー
ツライターに転身。近著に『長嶋茂雄が見たかった。』(集英社)。
【佐々木尽|次回イベント】
■イベント 『Lemino BOXING PHOENIX BATLLE161』
■日時 2026年9月21日(月)
■時間 開場:12:00/開始:13:00予定
■場所 東京たま未来メッセ
■対戦カード
◉メインイベント:日本・OPBF・WBO-APウェルター級3冠10回戦
WBC世界同級13位/WBO-AP同級1位/OPBF同級チャンピオン
佐々木 尽(八王子中屋)
24戦21勝(18KO)2敗1分
VS
WBO-AP同級チャンピオン/日本同級チャンピオン
セムジュ・デビッド(中日)
11戦9勝(5KO)1敗1分
◉他、日本ユースタイトルマッチ3試合など

