フランス・リーグアンに属するパリ・サンジェルマン(PSG)は2026年4月、日本の5都市(※千葉は同年8月開講予定)に同クラブのアカデミーを設立する。元フランス代表でクラブOBでもあるクロード・マケレレ氏が『Qoly』の単独取材に応じ、自身の若手時代や「マケレレ・ロール」と呼ばれて重宝されたチェルシーでのキャリアを振り返ってもらった。

キャリアを描くために若手選手がすべきこと

画像: PSG

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――PSGアカデミーが日本の5都市で開講しますが、マケレレさんはナントでキャリアをスタートさせ、どのように自身のポジションを確立していったのでしょう?

私は積極的に自分を売り込んだわけではなく、ただサッカーをプレーしただけなんです。

私の情熱は常にサッカーと共にあり、プロの人々と楽しみ、彼らから多くのことを学びました。サッカーを「食べ、寝て、生きる」。それが私を助け、やがて夢を叶えてくれました。

やがて自分のプレーにクオリティがあることを理解し、私はチームに違いをもたらし、ゴールやアシストを決める。すると監督が、私を成功へと押し上げてくれたんだ。当時は「良いキャリアを築ける」とは思っていなかったけれど、良いキャリアにするために自分自身をプッシュし続けたんだ。

――困難に直面した時、どのように気持ちを切り替えていましたか?

それは難しい問題だけど、私は幼い頃から父親や母親から良い教育を受けていて、周囲にさまざまな形で支えてもらっていた。私の場合は、父のおかげで多くのチャンスを得られましたが、家庭の養育次第なんじゃないかな。

画像: キャリアを描くために若手選手がすべきこと

――お父様からはどのようなことを言われましたか?

父もサッカー選手だったので、フットボールには「法(掟)」があることを理解させてくれました。

どんな仕事にも掟はある。才能と情熱を持って、正しい方法でその掟に従えば成功する。掟を破り、飛び越え、何か違うことをすれば、成功は長続きしない。それが人生であり、当たり前のことでもあります。

特にフットボールは選手同士の競争が激しいので、一度タイミングを逃してしまえば、すぐに誰かに席を奪われてしまう。だから私はディテールに集中し、懸命に働き、耳を傾けた。また、幸運なことに、私には少しだけ才能があったので、それも自身の成長に役立ったのかなと思います。

ーー辛いことはありませんでしたか?

確かに、成長のために多くの「犠牲」も払いました。10代の頃は、友達と夜の街を歩き回ることもできたはずですが、そのような青春を過ごすことは叶いませんでした。

でも、プロのスポーツ界に身を置くなら、1日でも早く大人になり、厳格な日々を生きなければいけません。それがプロのフットボーラーになるために、私の選んだ選択肢でした。ナイトクラブへ行くようなことは、現役が終わった後、十分なエネルギーと力を持ってからすればいいことだからね。それが後になって私を助けてくれたと思うよ。

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