2002年:カメルーン

2002年当時のカメルーンには、世界を驚かせると信じるに足る理由が揃っていた。アフリカ王者であり、五輪金メダリストでもあった。

さらにサミュエル・エトーという大陸屈指の若き才能が台頭し、欧州のトップリーグで活躍するスター選手を数多く抱えていた。「不屈のライオン」の異名は重みを持ち、組み合わせを見ても決勝トーナメント進出は現実的な目標だった。

しかし、最後までその炎が燃え上がることはなかった。アイルランドとの初戦を1-1で引き分けたことは致命的ではなかったものの、続くサウジアラビア戦は苦戦。ドイツが8ゴールを奪った相手にわずか1-0の辛勝だった。そして運命のドイツ戦では、規律を欠き、苛立ちを募らせて0-2と敗北。アフリカサッカーの次なるステップを踏むはずだったが、「才能の無駄遣い」に終わったW杯となった。

2006年:チェコ

2006年ドイツW杯に臨んだチェコは、紙の上では依然として恐ろしい「黄金世代」を擁していた。パヴェル・ネドヴェド、トマーシュ・ロシツキー、ヤン・コレル、カレル・ポボルスキー、ペトル・チェフ。経験、優雅さ、そしてスター性を兼ね備え、EURO1996で準優勝、EURO2004でベスト4に入った彼らにとって、これが最後の集大成になるという期待感があった。

初戦のアメリカ戦は、その期待を裏付けた。コレルが高さが圧倒し、ロシツキーが輝きを放って3-0の快勝。しかし、それがピークだった。

負傷者に泣かされ、ガーナには0-2で完敗。最終戦ではイタリアに引導を渡された。グループステージ敗退とともに彼らの一つの時代が静かに幕を閉じた。これが、美しく才能に溢れたチームのエンドロールであった。

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