日本代表がワールドカップ2026のグループステージ第3節で対戦するスウェーデン。ヨーロッパでも14位となる人口であるが、過去70年にわたって数々のタレントを生み出してきた。
1940年代から50年代にかけてはヨーロッパ最強クラスの実力を発揮し、母国開催の1958年ワールドカップでは決勝戦まで進出。ペレらを擁するブラジルに敗れて準優勝に終わったものの、北欧の強豪としての評判に恥じない結果を残した。
今回は「スウェーデンの歴史上最も偉大なレジェンド」8名をセレクトしてご紹介する。
フレーデリク・ユングベリ
正確無比な飛び出しのタイミング、そして絶妙なポジショニング。ペナルティエリア内にいつの間にか現れる能力でその名を馳せたのがユングベリだ。
アーセン・ヴェンゲル監督の下、イングランド史上最強のチームの一つで中核を担った彼は、2度のプレミアリーグ制覇を経験。2003-04シーズンに無敗優勝を果たした伝説のチーム「インヴィンシブルズ」の一員としても知られている。また、2002年のFAカップ決勝など大舞台での勝負強さも抜群で、ファンからカルト的な人気を誇るヒーローとなった。
スウェーデン代表としても75キャップを数え、2度のワールドカップ(2002年、2006年)と3度の欧州選手権に出場。スタイリッシュでありながらハードワークを厭わず、恐れを知らないプレーで世界中のファンに愛される存在だった。晩年にはJリーグの清水エスパルスでもプレーしたことで知られる。
トーマス・ブロリン
ブロリンのキャリアは、短くも輝かしく、そして少し悲劇的だった。全盛期の彼は、スウェーデンが生んだ最もエキサイティングなアタッカーの一人であった。パワフルかつクリエイティブで、卓越したテクニックを武器に、シュート、ドリブル、パスの全てで試合を決定づけた。
クラブレベルではセリエAの黄金期にあったパルマで躍動し、コッパ・イタリア、UEFAスーパーカップ、UEFAカップのタイトルを獲得した。また、代表チームでも準決勝に進出したEURO1992で得点王に輝き、2年後の1994年アメリカW杯でも3位入賞の立役者となった。
しかし、度重なる負傷が彼のキャリアを妨げた。イングランドのリーズ・ユナイテッドやクリスタル・パレスでは本来の姿を見せられず。そして28歳という若さで現役を退いたが、一時期の彼はどのアタッカーよりも眩い輝きを放っていたといえる。
パトリック・アンデション
スウェーデンが生んだ歴代最高峰のディフェンダーの一人だ。強靭で安定感があり、戦術的にも成熟していた。欧州トップクラスのストライカーを封じ込めるセンターバックとしての評価を確立した。
マルメで頭角を現した彼は、ブラックバーン、ボルシアMG、バイエルン・ミュンヘン、そしてバルセロナと名門を渡り歩き、同世代のスウェーデン人DFとして最も輝かしい経歴を築き上げた。クラブでのハイライトは、2001年にチャンピオンズリーグを制覇したバイエルンでのプレーであり、当時のUEFAチーム・オブ・ザ・イヤーにも選出されている。
スウェーデン代表では96キャップを記録。1990年代初頭の「黄金世代」の一角として、EURO1992のベスト4進出や1994年W杯の3位入賞に貢献した。スウェーデン年間最優秀選手賞も2度受賞しており、長期にわたって同国のトッププレーヤーであり続けた。
