ワールドカップやEUROなど国際大会は常に各国のスカウトが目を光らせており、たとえ無名の選手であっても一瞬でスターダムへとのし上がることができる舞台だ。
近年の大会の歴史においても、国際舞台での活躍をキッカケにビッグクラブへの移籍を実現させた選手は数多く存在している。そのような「急激にブレイクした」プレーヤーを7名に絞ってご紹介する。
エネル・バレンシア(パチューカ→ウエストハム)
2014年W杯が始まる前、エネル・バレンシアは決して無名といえるような存在ではなかったかもしれないが、ブラジルの地での活躍によって誰も無視できない存在へと飛躍した。
パチューカでゴールを量産して大会に乗り込んだエクアドル代表FWは、その圧倒的なフィジカル能力を世界最高の舞台でも見せつけた。その機動力、パワー、そしてゴールへの直線的な姿勢はエクアドルにとって最大の武器となった。
これに素早く反応したのがウェストハム・ユナイテッドで、1200万ポンド(およそ26億円)を投じて彼をプレミアリーグへと引き抜いた。
イングランドではハル・シティ戦での強烈なロングシュートなど随所にクオリティの片鱗は見せたものの、期待されたほどのスター選手にはなりきれなかった。それでも、彼の移籍は「W杯での活躍がいかに一夜にして選手の市場価値を変えるか」という典型的な例として記憶されている。
アレクシス・サンチェス(ウディネーゼ→バルセロナ)
2010年W杯以前から、アレクシス・サンチェスの評価は急上昇していたが、チリ代表での輝かしいパフォーマンスは彼が南米で最も優れたアタッカーの一人であることを決定づけた。
ウディネーゼではアントニオ・ディ・ナターレとともに才能を開花させ、後のキャリアを象徴するスピード、ドリブル、そしてアグレッシブさを発揮し始めていた。
そして迎えた南アフリカ大会、チリがベスト16に進出する中で、彼はそのエネルギーを国際舞台でも爆発させた。当時はまだ完成されたスーパースターではなかったが、大会を通じて見せたその姿勢はまさに無敵だった。
バルセロナが獲得に動いたのは、前線からの守備、コンビネーション、そして試合を決める爆発力を備えていると確信したからだろう。後にアーセナルなどで世界的な名声を手にするが、2010年W杯は彼が「有望な若手」から「未来のエリート」へと脱皮した瞬間だった。
カレル・ポボルスキー(スラヴィア・プラハ→マンチェスター・ユナイテッド)
カレル・ポボルスキーは、ユーロ1996の物語を象徴する一人となった。大会前、彼はスラヴィア・プラハに所属する才能豊かなウインガーに過ぎなかったが、大会が終わる頃にはマンチェスター・ユナイテッドがオファーを出す男になっていた。
チェコ代表が決勝まで進んだ快進撃は、90年代における最大のジャイアントキリングの一つであり、ポボルスキーはその中心にいた。特にポルトガル戦での繊細なループシュートは、今なお欧州選手権の歴史に残るアイコニックなゴールの一つである。
ユナイテッドは、右サイドに新たな創造性をもたらす存在として彼をすぐに獲得した。結果として、同時期にデイヴィッド・ベッカムが台頭したこともあり、期待通りの成功とはならなかったが、大会がもたらした最も大きなサプライズブレイクであった。
