2位:アシュリー・コール

移籍:アーセナル → チェルシー

アーセナルのアカデミーで育ち、世界最高の左サイドバック候補にまで成長したアシュリー・コール。2003-04シーズンには「インヴィンシブルズ」の一員として無敗優勝も味わった。ただ、彼はアーセナルとの契約期間中にチェルシーと秘密裏に接触したとされ、両クラブと選手を巻き込む大問題へ発展した。

コールは週給6万ポンドでアーセナルとの新契約を期待していたが、最終的な提示額は5万5000ポンド。彼はのちに自伝で「その額を聞いて怒りのあまり車が道路から外れそうになった」と書き、猛烈な批判を浴びた。

そして2006年、チェルシーへ完全移籍。その後は結果で自らの決断を正当化していく。プレミアリーグ、FAカップ、そして悲願のチャンピオンズリーグ。イングランド史上最高級の左SBという評価を確立した。

金のために移籍した「キャッシュリー・コール」と揶揄したアーセナルファンの側からすれば、その傷が癒える機会は最後まで訪れなかったことになる。

1位:ソル・キャンベル

画像: (C)Getty Images

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移籍:トッテナム → アーセナル

トッテナムのアカデミーで育ち、トップチームで10年以上プレー。イングランド代表のセンターバックとなり、スパーズではキャプテンも務めた。

しかし2001年夏、契約満了に伴いフリーで退団する。バルセロナ、インテル、バイエルン・ミュンヘンといった欧州の強豪が関心を示しており、国外へ出るというのが大方の見方だった。

7月3日、アーセナルが記者会見を開く。報道陣の多くは、GKリチャード・ライトの加入発表だと思って会場に入ったという。そこへ現れたのがキャンベルだった。

最大の宿敵から、移籍金ゼロで。英国サッカー史でも屈指のサプライズである。【Guardian』によれば、国外クラブからはアーセナル以上の条件も提示されていたが、本人はプレミアリーグに残ること、そしてチャンピオンズリーグを戦える環境を重視したという。

スパーズにとって残酷だったのは、宿敵へ移ったこと自体より、そこで夢見たはずのタイトルを次々に獲り、クラブ史に残る黄金時代の一員になったことだ。20年以上が過ぎても、この一件が風化する気配はない。

※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。

筆者:石井彰(編集部)
画像提供:Getty Images

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