人口はおよそ350万しかしないにもかかわらず、ブラジル、アルゼンチンと並ぶ南米屈指のサッカー大国として世界に名を刻んできたウルグアイ。ワールドカップも1930年の第1回大会と1950年大会を制覇した強豪だ。
24日にはキリンチャレンジカップで日本代表と対戦することが決まっているウルグアイについて、今回は「その歴史に刻まれた5名の伝説的なアタッカー」をご紹介する。
ルイス・スアレス

(C)Getty Images
生年月日:1987年1月24日
ウルグアイ代表選出:2007年〜2024年
代表成績:143試合69ゴール
ウルグアイ史上最高のストライカーを一人選ぶなら、この男を避けて通ることはできない。決定力、狡猾さ、闘争心、勝利への執念。すべて込みでウルグアイらしさを体現した9番だった。
2007年に20歳で代表デビューを飾ると、そこから17年以上にわたって最前線に立ち続けた。143試合69得点という数字は、ウルグアイ代表の歴代最多記録である。
名前を世界に轟かせたのは2010年ワールドカップだった。ディエゴ・フォルラン、エディンソン・カバーニとともに強力な前線を形成し、チームを40年ぶりのベスト4へ導く。そして準々決勝ガーナ戦の延長終了間際、ゴールライン上で相手のシュートを手で弾いて退場処分を受けた。
さらにガーナはアサモア・ギャンがPKを外し、ウルグアイが延長戦後のPK戦を制して勝ち上がり。賛否は割れたが、何としても国を勝たせるという彼の生き方が凝縮された場面でもあった。
クラブではアヤックス、リヴァプール、バルセロナ、アトレティコ・マドリーを渡り歩いた。バルセロナではリオネル・メッシ、ネイマールとの「MSN」を形成して2014-15シーズンの3冠に貢献し、ラ・リーガ4度、チャンピオンズリーグ1度を含む数々のタイトルを積み上げた。
エディンソン・カバーニ

(C)Getty Images
生年月日:1987年2月14日
ウルグアイ代表選出:2008年〜2022年
代表成績:136試合58ゴール
スアレスとほぼ同じ時代を生きた、もう一人の伝説である。2008年に代表デビューし、2022年ワールドカップまで136試合58得点。代表の歴代得点ランキングでは、スアレスに次ぐ2位につけている。
「エル・マタドール(闘牛士)」の異名で知られた彼の凄みは、点を取る力だけではなかった。センターフォワードでありながら自陣まで戻って守り、前線から猛然とプレスをかけ、スペースが空けば何度でも裏へ走るオールラウンダーだった。
2010年ワールドカップでは、フォルランとスアレスを生かすためにサイド寄りの役割も引き受けた。自分の得点数以上にチームのために走り、ベスト4進出を支えている。2011年のコパ・アメリカでは負傷に苦しみながらも黄金世代の一員として南米制覇を味わった。
クラブではナポリでセリエA屈指の点取り屋となり、PSGでは通算200得点を記録してリーグアンを6度制覇。その後はマンチェスター・ユナイテッド、バレンシア、ボカ・ジュニオルスでもプレーするなど、息の長い活躍を見せた。
