フアン・アルベルト・スキアフィーノ

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生年月日:1925年7月28日

ウルグアイ代表選出:1946年〜1954年

代表成績:21試合9ゴール

代表出場は21試合9得点。現代のスターと並べれば、数字そのものは控えめだ。しかしそのなかで、彼はサッカー史上最も有名な番狂わせを演出した。

1950年のワールドカップ。当時は一発勝負の決勝ではなく、最終リーグで優勝が決まる方式だった。最終戦を迎えた時点で、相手となった開催国ブラジルは引き分けでもトップを守れる状況だった。さらに試合はブラジルが先制し、スタジアム全体が勝利を確信した。

ところが後半21分、スキアフィーノが同点弾を突き刺す。さらにアルシデス・ギジャの決勝点にも絡み、ウルグアイが2-1で大逆転。これはいまだワールドカップ史上最大級の衝撃として語り継がれている。大会5得点を挙げた彼は、母国に2度目の世界一をもたらした。

クラブではペニャロールで国内リーグを5度制した後、1954年にACミランへ移籍。イタリアでも天才司令塔として鳴らし、セリエAを3度制覇。イタリア系のルーツを持っていたため、ウルグアイ代表を離れた後はイタリア代表としても4試合に出場している。

※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。

筆者:石井彰(編集部)
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