ジョナサン・バーネット
(ステラー・グループ所属代理人)

「(貴方はプロサッカー選手ではなかった。代理人を始めたときのことについて)

真実を言えば、我々はハードルにぶち当たった。なぜなら何もできなかったからね。

パートナーのデイビッド・マナセも私もプロサッカー選手ではなかったので、いわゆるトッププレイヤーと契約しようとしたとき、彼らは我々を笑ったものだ。

『君は誰だ?』とね。

私はその時ボロボロのホンダ車に乗っていたが、サッカー選手に会うときにはそれを隠したものだよ。

デイヴィッドは言ったんだ。『我々がやれるのは、若い選手と契約することだ』と。我々は英国をくまなく回って、才能を見込んだ若い選手と契約した。それは他の代理人はやっていなかったことだ。

我々は15歳の時にアシュリー・コールと契約した。またレドリー・キング、リチャード・ライト、キーロン・ダイアーとも若い間に契約した。そして急速に力を付けていった」

「(アシュリー・コールのチェルシー移籍の際は、FAのルールを破って事前交渉が行われたとして処罰を受けた)

私は過ちを犯したと思う。ただ、厳しく扱われすぎたという感覚もある。スケープゴートにされた。なぜかと言えば、それがずっと続いてきたからだ。

また、アーセナルが約束を破らなければ、アシュリー・コールは100%そこに残ったはずなんだ。移籍は決して起こらなかった。

正当化しているわけではない。説明しているだけだ。

とはいえ、アシュリー・コールに起こったことは、私にとっては最高の取り引きだった。

アーセナルは何も勝ち取らなかった。しかし、アシュリーは全てを勝ち取った。そして、財政的にも非常に裕福になった。

エージェントとしての私の仕事は達成されたのだ。アーセン・ヴェンゲルがそれを理解するとは思わない」

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