最も成功を収め、最も憎まれる「RBライプツィヒ」

今月チャンピオンズリーグでレアル・マドリーと対戦したRBライプツィヒ

そして、最も有名なのは「RBライプツィヒ」。ドイツでいま「最も嫌われているチーム」として知られているが、それはレッドブルによる急速な成長、さらにはドイツサッカーの伝統や規則を半ばグレーなところで突破してきたことが原因だ。

2006年からドイツへの投資を計画していたレッドブル・グループは、国内の様々な地域を調査したうえで、4部リーグを戦っていた「ザクセン・ライプツィヒ」という小さなクラブに目をつけた。

しかしそれはドイツサッカー連盟によって「企業の影響力が強すぎる」として許可されず。元々ブンデスリーガでは広告目的でのクラブ名変更、投資家による過半数の株式取得が認められていないからだ。

他にもザンクト・パウリ、1860ミュンヘン、フォルトゥナ・デュッセルドルフなどにも接触したが、クラブやサポーターの反対によって断念することになり、最終的には「既存のクラブを買うことは不可能」だと結論づけた。

そこで選んだのが、最初に目をつけていたライプツィヒだった。

旧東ドイツの地域であるライプツィヒには国際空港があり、高速道路が通っており、そして2006年ワールドカップで使われた「ドイツで2番めに大きいスタジアム」があった。しかも、その周辺には当時ブンデスリーガどころかプロのクラブも存在せず、地域人口も50万人と豊かであった。

レッドブル・グループは2009年に新クラブの設立をザクセン州のサッカー協会に申請し、SSVマルクランシュテットという5部クラブのライセンスを買い取った。その時の買収額はわずか35万ユーロ(およそ5600万円)だったという。

さらにライセンス取得に必要な下部組織を揃えるため、ザクセン・ライプツィヒから4つのカテゴリーのジュニアチームを買収。これによって5部リーグへの参戦が認められ、「RBライプツィヒ」が正式にスタートした。

2009年にスタートしたRBライプツィヒ

ドイツの規則により企業名を付けることができないため、「RB」は公式には「RasenBallsport」(芝生での競技)という意味になっているが、そのエンブレムとカラーを見ればレッドブルの略称であることは明らかである。

2012年にはレッドブル・グループのスポーツディレクターに就任したラルフ・ラングニックによって急速な改革がスタートし、2015-16シーズンの2部で2位となりブンデスリーガへと昇格。当初からの目標であった「8年でのトップリーグ進出」を達成したのだ。

現在ではチャンピオンズリーグの常連にもなった一方、ドイツの伝統を愛するサッカーファンには嫌悪感を示されている「ヒールレスラー」という存在になっている。