みなさんサッカーにおいてレッドカード(退場)の意義を考えてみたことがあるだろうか?
現代の凄まじいスピードで行われるサッカーにおいて、レッドカードが正しい効力を発揮するということは非常に難しいものとなっている。審判が人間である以上、何人いようとも正しいレッドカードが毎度提示されるということは未来永劫ないだろう。もちろん、誤審や疑惑の判定によって出されたレッドカードには首をかしげざるをえないのだが、それよりも今回言いたいことは、サッカーにおいてレッドカードの効力が大きすぎるということである。抽象的な話で少し混乱を招きそうなので具体例を示そう。
先日行われた、CL決勝トーナメント一回戦セカンドレグでのマンチェスター・ユナイテッドvsレアル・マドリード戦。ユナイテッドが先制し、有利になったところでのナニの退場処分。両チーム大きな実力差のなかったなかでのこの退場判定が試合に与えた影響は小さくなかった。結果に関しては割愛するが、ナニの退場と判断されたプレーとこの後の試合に与えた影響を天秤にかけたとき、果たしてナニの退場判定は正当と言えるのだろうか。無論、これはレッドではなくイエローであるなどと論じたいわけではない。
レッドカードの存在意義というのは、故意ではなくとも大怪我に繋がるタックルを試みるのを抑制することにあると筆者は考える。(これはあくまでもどんなときにレッドカードが出るかを示したわけではなく、それに関してはルールブック参照とさせていただく)
実際は、筆者が考える存在意義とは反してレッドカードというのは案外簡単に出る。解説者がよく語っているが、退場が出てしまうと試合は得てして「壊れて」しまう。要するにパワーバランスが崩れ、第三者が見たときに面白いものではなくなってしまう。それが前述のようなビッグマッチであればなおさらである。繰り返しになるが、レッドカードが試合のその後に与える影響はあまりに大きい。
ここまで長い問題提起となったが、それではどうすべきであるかということがここからのテーマになる。
例えば、サッカーでは退場者が出た場合、試合終了まで人数が少ない状態でやらなければならないのに対し、野球などは代わりの選手を投入することができる。しかし、これでは反則を犯したことによる罰則が弱すぎる。ということで筆者が提唱する罰則はラグビーで行われている一定時間退場である。一定時間というのをどれくらいにするのかという問題もあるが、サッカーの現在のルールにおいての退場による効力を軽減することができる。
退場により一人少ないチームが抱えるネックはビハインドである。もし勝っていれば、一人少なくとも守りきれることは往々にしてある。しかし、すでに負けている、または数的不利から生まれた失点によりビハインドになったときは、サッカーの魅力そのものが損なわれると言っても過言ではないだろう。それほどに一人少ないチームが同点弾を叩き込むことや、ましてや逆転弾を決めることは困難なのである。それゆえ一定時間退場によって人数が同数に戻り、仮にビハインドであった場合同点にするチャンスも戻ってくるということである。ただ、ここで発生する問題として、スコアや残り時間によって意味合いが全く変わってきてしまうことである。
まだまだ改善策を考える余地は十二分にあり、このような問題は何十年何百年と付き合っていくものなのかもしれない。
筆者名:平松 凌
プロフィール:トッテナム、アーセナル、ユヴェントス、バレンシア、名古屋グランパスなど、好みのチームは数あるが、愛するチームはバイエルン。
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