30年以上の監督歴を誇るバイエルンの指揮官、67歳のユップ・ハインケスは誰もが認める名将である。常に落ち着き払ったその態度と、独特のセンスを持った発言。ビッグクラブを指揮することを知り尽くした男は、試合前からユヴェントスについて様々なコメントを発していた。
「彼女を口説くために色々調べたけど、調べれば調べるほど彼女に惚れてしまったよ」
「ハンブルク戦を終えて、私の心は彼女でいっぱいだ。是非共に一夜を過ごしたいものだね」
「老貴婦人」というあだ名で知られるユヴェントスについて最も評価しているのはハインケスだったのかもしれない、と思えるほどにハインケスはユヴェントスを称賛して研究を繰り返していた。ビデオを何度も見たというのも決して嘘ではないのだろう。そんなハインケスが用意した策は周到だった。何重にも仕掛けられた蜘蛛の糸に、ユヴェントスは絡め取られてしまったのだ。
特筆すべきは「ピルロ封じ」であったことは誰の目にも明らかだった。普通に見ていても、ピルロがいつものように中盤に君臨出来ていないことは解ったしデータにもそれは歴然と現れていた。しかし、ピルロを封じようとしてユヴェントスに敗れていったチームはセリエに屍の山を築いている。何故、バイエルンだけがピルロ封じに成功したのか。それは、徹底した「CB」封じにあったのである。
ユヴェントスは何度となく「ピルロ封じ」を仕掛けられているが問題なく打ち破っている。何故なら、CBによってピルロをサポートするシステムが完成しているからだ。図のように、ピルロの両側にオーバーラップしたCBによって試合を組み立てることによってコンパクトさを保つだけでなく結果的にピルロのマークを軽減することも出来るのである。
バイエルンのCB封じは的確なスカウティングに基づいていた。まずはCFに起用されたマンジュキッチがボヌッチにプレッシャーをかける位置を取り、左のアタッカーであるリベリはバルザーリを意識する。こうすると、ボヌッチからのマルキージオやヴィダルへの中距離パスは封じられてしまう。さらに、ボヌッチやキエッリーニと比べると若干ボールスキルに劣るバルザーリには、リベリの運動量を生かして高い位置から積極的に仕掛けてボールロストを誘う一方、逆サイドのキエッリーニに対するプレッシングを若干弱めたのは組み立てを誘導するためだった。逃げようとキエッリーニにボールを入れたところでロッベンとラームが高い位置まで一気にプレッシング。こちらのサイドを狙ったのは、WBの組み立て能力にも関わっていた。右サイドのリヒトシュタイナーと比べると、加入して日が浅いペルーゾは組み立てに絡むことが難しい。こうしてしまえば、苦しくなったキエッリーニが長いボールを蹴り出すか最も信頼できるピルロを探すことになる。そうなれば、ピルロは苦し紛れでボールを受けることになる上にロングボールはバイエルンの屈強な守備陣に跳ね返される。
また、攻撃も計算に基づいていたのは間違いない。バイエルンは右サイドにリベリを走らせて数的有利を作り出していった。3バックで薄くなるサイドを狙い、クロースのアクシデントで予定より早いタイミングで出てきたオランダ最高のキレ味を誇るドリブラーであるロッベンが何度となくその仕掛けによってCBのキエッリーニを引っ張り出して薄くなった中央でチャンスを量産していった。ロッベンがボールを高い位置に運ぶことでユヴェントスは間延びすることになり、そこからのプレッシングはより強烈な逆風となってユヴェントスに襲い掛かった。
一方、アントニオ・コンテも指をくわえてハインケスの蜘蛛の巣に捕えられていた訳ではない。前半終了直後にセントラルの役割を変更してサイドにプレッシャーをかけさせたことによって、サイドで2対1という状況を作りやすくすることでロッベンとリベリという危険なアタッカーを封じ、瞬間的にユヴェントスに風向きを戻して見せた。
しかし、フットボールは不確実性に基づいているものだ。ここまでの準備をしたバイエルンが決めた2つのゴールは両方とも自分たちの時間帯で奪ったものではない。1点目は開始直後、2点目はユヴェントスの守備が修正されて徐々にバイエルンの攻撃を食い止められ始めた時間帯に事故的な要素も含みながら決まったものだ。バイエルンが練り上げた戦術でユヴェントスを苦しめ、相手をひたすら自陣に押し込み続けた90分のうち60分くらいあったかもしれない時間に作り出した膨大なチャンスは水際でユヴェントスの守備陣に止められてしまった。そういう意味では、ユヴェントスはまだ死んでいない。明らかにインテル戦で疲弊しながら、強豪バイエルン相手に重い身体でも数多いチャンスを防ぎ続けた彼らはホームでの闘いに望みを残した。「老貴婦人」と言われる伝統的なしぶとさは失われてはいないし、若き野心家アントニオ・コンテはここで餌に食付いた今季最大の獲物を本拠地というまな板に乗せてどうにか料理出来ないかと謀略を巡らせるはずだ。敗北の嘆きよりもユヴェントスに燃え上っているのは「ヨーロッパの最前線」に舞い戻った喜びであり、久しぶりに出会えたバイエルンという強敵に挑んでいくモチベーションである。イタリアで圧倒的な絶対王者にとって「チャレンジャー」の立場がより高みへと導く一つの要因になってくるかもしれない。
周到な準備によって、名将率いるバイエルン・ミュンヘンは経験豊かな老貴婦人ですら甘い言葉で口説き落としてみせた。ドイツの地で見せつけられた手管に対して、どのように「老貴婦人」はトリノの地で反撃するのだろうか。セカンドレグも含めた、知略を駆使した恋のような駆け引きに期待せざるを得ない。
筆者名:結城 康平
プロフィール:サッカー狂、戦術オタク、ヴィオラファンで、自分にしか出来ない偏らない戦術分析を目指す。
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