「老貴婦人」が見せた罠と、希望的観測的な何か
イタリアの老貴婦人が、何もせずにホームで敗れ去るはずは無かった。イタリアフットボール界が夕暮れを迎えていても、彼らはベスト8という高みまで辿り着いたチームであると同時にイタリアで首位を走るチームなのだから。指揮官アントニオ・コンテによって高く掲げられた「王者復権」の旗印に集ったのは、まるで国のために命を捧げる兵隊のように「ビアンコネロ」の誇りに全てを捧げられる鍛え上げられたイタリア屈指の実力者たちだった。
そんなユベントスの前に立ちはだかったのが、バイエルン・ミュンヘン。名実ともに現在ブンデスリーガ最強のチームであり、常にCLでは決勝トーナメントに名を連ねる強豪である。バルセロナとレアル・マドリードという、常に世界の覇権を争うスペイン2強と同格とも称される存在。そんなバイエルンに対して1stレグで2点を失ったことによって、3-0以上で勝たなければならないというのは、「奇跡」を待つことに他ならなかった。しかし、奇跡はそう簡単に起こらないからこその奇跡なのだろう。結果から先に言ってしまえば、バイエルンは勝利した。そしてイタリア勢はベスト8で姿を消すことになったのである。半ば当然ではあるかもしれない。セリエは既に「世界最高のリーグ」では無いのだから。
イタリア屈指の名将マルチェロ・リッピは古巣ユベントスの敗北について、次のように述べた。
「本当のビッグクラブは、経済的な意味で持っているギアが1つ違う」
ユベントスを率いたアントニオ・コンテも同様な意見を持っている」
「レアル・マドリー、バイエルン、バルセロナ、パリ・サンジェルマンといった、大変な力をもったクラブたちがいるんだ。彼らの売り上げは4億ユーロ以上だよ。我々は全員一緒にイタリアサッカーを変えていかなければいけない。下らないことを考えるより、現実を見つめる方が良い」
考えてみれば何も不思議はない。1995年のボスマン判決以降、フットボールは「経済のゲーム」としての側面がより強まった。「欧州のビッグクラブだけが許される場所」になりつつあるCLの決勝トーナメントは今や「経済的に優れたクラブ」が当然のように名を連ねるようになっている。「奇跡」はより起きづらく、「波乱」もより起きづらい。バイエルンは、優秀な若手を育てることによって大きく成長したチームであるのは確かだ。しかし、彼らは自分たちが育てきれないバックアッパーには「躊躇なく大金を注ぎ込む」ことが出来る。生まれるのは選手層の差であり、選手層が厚くなければ過密日程を勝ち抜くことは当然難しくなってくる。偶然ではなく、必然によってCLの舞台は支配されつつあるのである。奇跡は起こらない訳ではないが、現在なかなか奇跡は「連続しない」のである。
もちろん経済面での改善は間違いなく必要だ。しかし、それで「ああ、そうですか。じゃあ10年単位でCLは諦めましょう」と簡単に諦めてしまわなければならないほどフットボールの世界はつまらなくは出来ていない。「奇跡の連続」は確かに難しいが、可能であると少なくとも筆者は考えている。
「カルチョには何が残っている?」
今回のテーマはそこに尽きる。CLでイタリア勢は絶望に落とされた。もちろん資金力でも他リーグには届かない。当然選手個人のクオリティでも多かれ少なかれ差は生まれてしまう。それでも、我々は希望を捨てきれない生き物だ。じゃあ、どこにある?差を埋めるものは?そう問われると、自然に「戦術」という答えに行き着くのである。
今回、「老貴婦人」ユベントスは周到に罠を張ってきた。バイエルンにホームでやられた事に対してやり返すように、アントニオ・コンテはバイエルンを研究して短期間でユベントスの「カルテ」を作成すると「ワクチン」を作り出した。そこについて分析してみることで、今回は「カルチョ」の戦術が持つ特異性と可能性を考察してみたい。
図は2ndレグでのスターティングメンバーになっているため、1stレグとはメンバーは多少違いがあるものの、簡単にこの図を使ってバイエルンがミュンヘンの地で狙っていた形について説明しよう。
CFのマンジュキッチや逆サイドのリベリ、トップ下のミュラーが次々と左サイドに流れることによって数的有利を作り出して、そこを攻略する。そして左を攻略すると同時に、機を見て中盤とSBをピルロの左に走り込ませてミドルシュートを撃ち込む。左に意識を植え付け、守備を左に寄せながら崩して右サイドを空ける。このパターンに関連したような形でバイエルンは本拠地で2つのミドルシュートから得点を沈めている。
このような攻撃に対して、どう対処するか。明らかにユベントスは本拠地での試合で、初戦とは違った激しいプレッシングをかけていく。そして、それは単なる「激しい」プレッシングに見せかけて何重にも張られた蜘蛛の糸だった。
まずは、左の攻撃への対処である。ユベントスはマンツーマンの関係を作り出して、逆サイドに誰が流れていこうともマンツーマンで捕まえることによって数的有利を作り出されるのを防いだ。こうなってくれば、なかなかバイエルンでも左サイドを攻略することは出来ない。更に、状況に応じてキエッリーニが余る状況を作ると、逆サイドに流れていく選手を上手く受け渡して対応した。
また、ポグバをある程度低めに置くことによって走り込む二列目をも牽制。マンジュキッチやミュラーが裏に走り込んだ時に置き去りにされた場合の保険としてパドインにもカバーが可能なポジションを取らせた。こうなると、バイエルンはどうも「おかしい」と感じるようになってくる。そうなれば攻めるのは逆からだ。1戦目でも効いていたリベリを押し上げ、ドリブルで仕掛けさせればいい。この発想に至ることも、コンテの掌の上だった。
ある程度低い位置に置いておいたフィジカルに優れるフランス人MFポグバを、バルザーリのフォローに回してリベリには常に2対1を作り出してしまったのだ。こうなると、流石のリベリといえどなかなか突破させては貰えなくなる。そして、この左右非対称は更に「別の角度からも」バイエルンの酸素を奪っていくことになる。
マルキージオを高い位置に残せる非対称のシステムにしたことで、バイエルンの組み立ての起点であるラームに近い位置でマルキージオがプレーすることが出来る。そこで、ユベントスは執拗に2人がかりでラームを封じにかかったのである。逆サイドのアラバや両CBが組み立てではそこまで能力が無い事もあり、バイエルンはラームを潰されると組み立てに苦しみ、何度もノイアーにボールを戻すと苦し紛れの蹴り出しに逃げなければならなかった。本来ユベントスは、ここからカウンターを仕掛ける手もあったのかもしれない。
もちろん、アサモアやパドインを使ったサイドからの攻撃も見事だったが、攻撃の局面で圧巻だったのはヴチニッチである。ノイアーに初戦終了後に「入ってきた瞬間にDFラインが乱された」と警戒された実力は流石で、微妙なポジションでボールを受け取ってギャップを作ると何度となくチャンスを作り出していった。 ここで、混乱に陥ったバイエルンだったが素晴らしい対応を見せたのが指揮官であるユップ・ハインケス。経験豊富にして、常に相手へのリスペクトを欠かさない稀代の名指揮官としての実力を見せつける。ホームの利を生かして、積極的に仕掛けるユベントスに対して「意地になって攻撃を仕掛けるのではなくバランスを保ちながら上手くリードを使う」という選択肢を選ぶ。アウェイの地で調子良く攻撃を仕掛ける相手に対し「しっかりと耐えながら機を待つ」という「苦しく辛い」選択肢をしっかりとピッチ内で実行出来るのは流石ブンデスリーガ王者といったところか。その規律によって苦しい時間を上手く「耐えて」みせると、結果的に残り時間は少なくなるため、より重く「2点」がユベントスに重く圧し掛かってくる。そして、得点が奪えないことに焦れたユベントス相手にしっかりと得点機に実った果実を収穫してみせた。
さて、まとめに入ってみよう。CLを見る限り、イタリアのチームは適切に対処しているように見せながらそのトリックを隠す術に長けている。バルセロナに対し、「メッシ封じ」を仕掛けたように見せながら「シャビ対策」をやってのけたACミラン(関連記事「汝、狭き門より入れ!アッレグリが仕掛けた罠」)。今回、単純に中盤のプレッシングを激しくしたように見せながら適切に「バイエルンの弱点」を見通して守備組織を構築してみせたユベントス。これら「カルチョ式守備戦術」が厄介なのは、実際本質とは違う部分でも戦術が機能することにある。「木を隠すには森の中」というように実際の狙いを見通すのは簡単ではない。特に、試合を上から俯瞰で見ている訳ではない相手監督にとって試合の中で完全に把握することは不可能に近いだろう。何度となく、ユベントスはバイエルンに試合の中で戦術を変更し「違和感」をもたらして見せた。世界有数のクオリティを誇るロッベンとリベリでもあってもなかなか上手くいかず、アウトナンバーが出来る場面を作り出したつもりが数的不利になっている。残るのは「違和感」である。首をかしげ、偶然だと思い込みながらプレーを続けていくと遅行性の毒としてジワジワと身体を蝕んでいく。今回はそういった状況は無かったものの、リードされている時であればなおさらだ。焦れば焦るほど、血液の巡りが良くなるように得意な形で攻撃を仕掛けるようになり、そうなれば毒が体中に回るのも早くなっていく。気づいた時には、もう手遅れになる可能性もあるのである。
バイエルンとバルセロナ。恐らくは世界の頂点を争う力を持つ「ワールドクラス」のクラブですら、セリエが仕掛ける「違和感」の罠に苦しめられた。しかし、彼らはその破壊力においては世界最高クラスにあるクラブでもあった。バイエルンは「違和感」を感じながらも、そのパワフルで勢いがある攻撃によって局面局面のプレッシャーでミスを誘発すると、強引に扉を抉じ開けて打ち破ってしまった。バルセロナは「違和感」を感じた1stレグでは苦労したもののカンプノウでは「違和感」ですら入る隙が無いほどに華麗なパスワークで、「バロンドーラ―」リオネル・メッシを中心とした攻撃陣が暴れまわった。もちろんフットボールは戦術だけが物を言う訳ではない。しかし、今のイタリアフットボール戦術の面白さは「違和感」にある。もちろん、他リーグのようにフィジカル面なども向上させていく必要があるし、個々のレベルアップも必要である。しかし、この「違和感」を上手く使いながら闘う術を覚えればもしかしたら再び世界の頂点に手が届く日も遠くないのかもしれない。そう思わせてくれるからこそ、多分フットボールは面白いのだろう。まだ「カルチョ」は死んでいない。
筆者名:結城 康平
プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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