“Die Schwarzgelben”。日本語表記にすると「シュヴァルツゲルベン」となるこの愛称は、ドイツ語で「黒と黄」という意味を表している。これは「黒と黄」をチームカラーとしているドイツの工業都市を代表するチーム、ボルシア・ドルトムントの愛称である。
もともとは1909年、教会が運営していた厳しいサッカークラブでは満足できなかった青少年により創設されたこのクラブは、まるで御伽噺のようにCLベスト4まで上り詰めた。2004-05シーズンには経営危機で破産寸前までいったクラブが、10年もたたないうちに世界の頂点にここまで近い場所にまで上り詰めていると想像したものがいただろうか。
ドイツは、「メルヘン」の国としても知られている。日本での「御伽噺」という言葉に近い感覚で使われるこの言葉は、ドイツで発生した散文による空想的な物語を指す。また、ドルトムントという街自体は経由こそしていないものの「メルヘン」に関連した都市を通っていくようなルートとしての「メルヘン街道」がドイツでは有名な観光地となっている。この「メルヘン街道」を行くように、若い選手のエネルギーが溢れるドルトムントは夢の世界へと導かれていくようにCLの舞台を勝ち上がってきた。昨年王者が勢揃いした「死のグループ」を抜け、決勝トーナメントに入っても勢いが衰えることはなかった。その勢いは「奇跡的」な得点で、クウォーターファイナルでのマラガ戦での勝利までもたらしてしまったのである。そんなドルトムントが対したのは、スペイン2強の一角である「白い巨人」レアル・マドリード。「スペシャル・ワン」ジョゼ・モウリーニョが率いる「世界選抜」とも呼ばれる彼らに対しても、若きドルトムントが臆することはなかった。
「マドリーの試合はかなりの数をチェックしたが、(AFCアヤックスに4-1と快勝した)アムステルダムでのパフォーマンスは見事だった。戦術が浸透し、スピードと気迫は十分、さらにプレスもカウンターも鋭く、技術的にレベルの高いサッカーをプレーしており、強い感銘を受けた」
グループリーグでレアル・マドリ―ドと当たる前にドルトムントを牽引するユルゲン・クロップはこのように語った。派手なパフォーマンスでチームを盛り上げると、激しいプレスで主導権を握って一気果敢に仕掛けていくドイツ人指揮官は「レアル・マドリード」と何度も当たることによって研究する時間を多く与えられたわけだ。そして彼が仕掛けた罠はあまりに巧妙かつ、非常に解りにくいものでもあった。この罠によってもたらされたのは「90分のゲームを自分たちの土俵に持ち込む」ことであった。彼らは攻撃をまず、左サイドに集中させる。何故ならそこからであれば「効果的なカウンター」を生み出しづらい事を把握していたからだ。
そこまで守備貢献しないエジルを振り切るようにサイドバックのシュメルツァーが積極的に攻撃参加。ロイスやベンダーでサポートしながら左サイドを崩しにかかる。この攻撃は、もちろん得点を決める目的もある崩しではあった。先制点もこのサイドから入っている。しかし、メインとなるのは「ショートカウンターを仕掛ける」ことの為の「撒き餌」だったのである。
サイドで数的有利が出来ているので、ここでボールがセルヒオ・ラモスに奪われても2人で一気にプレッシャーをかけることが出来る。また、シャビ・アロンソには必ず厳しいマークがついているためにボールを預けることが難しい。この場合、あえてベンダーがケディラにパスコースだけを空けることによってパスを誘発し、プレッシングによって奪い取る場面が目立った。実際ベンダーのプレッシングでの潰しから何度もロイスがカウンターする場面が見られた。それだけでなく、厳しくプレッシングをかけることによって組み立ての起点となるアロンソをDFラインまで下がるように誘導して効果的なパスを配球させにくいようにした。実際、アロンソの長いパスをギュンドゥアンがカットした場面から先制点も生まれている。
アロンソが下がっていくことになると、攻撃の起点になるのはモドリッチだ。実際彼によって何度もドルトムントのプレッシングは掻い潜られてしまっていたし、ロナウドとコエントランのコンビネーションでも何度もレアルはプレッシングを回避した。しかし、ドルトムントがターゲットにしたのは彼らでは無かった。右サイドでの攻防を最も増やした彼らにとって「最も激しいプレッシングでリズムを乱しやすい」選手として見られた天才肌のアタッカー、メスト・エジルだったのである。
シュメルツァーが高い位置にいる時は、非常に競り合いに強いCBであるスポティッチが激しくプレッシングをかける事によって潰しにかかった。それを嫌がったエジルは低いスペースでボールを受けようと低い位置に下がってくることになる。
エジルが下がってくれば、より簡単で右サイドでプレッシングしている蜘蛛の巣に自ら引っかかってきてくれるようなものだった。激しいプレスでボールを奪い取ると、そこから更にショートカウンターを仕掛けていった。本来は華麗なプレーでピッチを翻弄してしまう天才MFエジルは低い位置で屈強なドイツ人達のプレスに引っかかり、何度も芝に転がされて納得出来ないように何度も首を捻った。このような激しいプレッシングによって、ケディラやエジルを狙ってボールを奪い取ってショートカウンターを仕掛けていくことでドルトムントは速い展開のゲームに持ち込んでしまった。完全に整った状態からの攻撃では、崩せなかったと思われるレアルの堅牢な守備であっても「自分たちの土俵」に引きずり込むような守備によって隙を作り出して攻略してしまったのだ。レアルはまさかの4失点で、何度となく自滅に追い込まれてしまった。
さて、何故「銀河系軍団」にこのような事が起こってしまったのだろう。レアル・マドリードの監督であるジョゼ・モウリーニョは試合後にこんな事を語っている。
「我々はレヴァンドフスキについて、全てを知っていると自信を持てるくらいに研究してきた。しかし、結果的に彼にやられてしまったのは非常に残念だ。個人のミスが目立ってしまったね」
このコメントを見て推測するに、レアル・マドリードのゲームプランは1つ。アウェイでの無駄な失点を減らすことだった事で疑う余地はないだろう。しかし、研究された攻撃面が上手くいかない事と、予想以上のアウェイでの圧力によって全体が焦り始めると一気に若いドルトムントの土俵である速い展開に乗せられてしまった。結果的に「攻撃面での対策を怠った事」が彼らを追い詰めてしまったのである。不運もあった。ボールを運ぶことが出来るアンヘル・ディ・マリアが、子どもの出産に立ち会っていたことによってコンディションが万全でなかったことも彼らを追い詰める要因になってしまったのだから。非常にボールに上手く絡んでプレッシングを回避していたルカ・モドリッチが、レアル内で未だに確固たる地位を築けていなかったことも結果的に彼らを苦しめた。
しかし、これで立場は逆転した。挑む立場となった王者レアル・マドリードは聖地サンティアゴ・ベルナベウで「本当の牙」を見せるだろう。世界屈指のアタッカー集団は全てを知り尽くしたピッチで本領を見せるはずだ。挑まれる立場になったドルトムント、そしてユルゲン・クロップがどのようにゲームを運ぶのか。シュバルツベルゲンの「メルヘン」の完結は、一体どこになるのだろうか。敵地で闘うセカンドレグも見逃せない。
筆者名:結城 康平
プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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