「蟻の穴から堤も崩れる」。古代中国の思想家である韓非子が、小さなことから大事が起こることを例えた諺である。フットボールでも、レベルが高くなればなるほど「小さな穴」が結果的に大きな差となって結果に直結してしまうことが頻繁にある。特にスピードと激しさを売りにするプレミアリーグにおいては、些細な間違いが簡単にゴールという形となって現れてしまう。「同郷の伝説サー・ファギーの後継者」デイビッド・モイーズと「アレックス・ファーガソン最高の友人の1人にして好敵手」ジョゼ・モウリーニョ。因縁浅からぬ2人の対決は、采配の読み合いと騙し合いと言うより、そういったミスによって徐々に崩れていってしまったかのような試合となった。

では、そのミスとはなんだったのだろう。

本コラムでは、どのように「小さなミス」が起こってしまったのかというプロセスについて考察し、フットボールというものがどれほどに「緻密」で「メンタルに関わる」ものなのかということに迫っていきたいと思う。

「赤い悪魔」は燃えているか

デイビッド・モイーズは、今季スタートダッシュに失敗しながらも、第3節には強豪チェルシーを相手に互角のゲームで引き分けに持ち込んでいる(※【コラム】「構築」ではなく「破壊」。デイビッド・モイーズの「新たな悪魔」)。彼にとっては、思ったように流れに乗れないだけでなく、前線に怪我人が続出している苦境だからこそ、「宿命のライバル」であるジョゼ・モウリーニョとの闘いでチームをどうにか奮起させようと考えていたに違いない。

実際、序盤のマンチェスター・ユナイテッドは圧倒的な勢いで攻撃を仕掛け、支配率でもチェルシーを圧倒した。サイドでは両サイドバックの積極的な攻め上がりをワイドアタッカーが簡単に使って、中央ではヤヌザイとウェルベックという若き才能が低い位置からボールを運んでチャンスを作り出した。実際、攻撃面に「ミス」があったかと言われると大きなミスは存在しなかったように思える。ウェルベックやヤヌザイといった若者に所謂「決定力」が足りなかったという見方や、サイドを徹底して、切り崩しても中で受けに行く選手が少なかったという見方もあるが、これらはゲームの結果を決定的に分けた差であるとは思えない。個々のクオリティ面に対しては、試合の中でどうにか修正することは難しいし、後半の交代策などには議論の余地もあるが、怪我人が多い中では十分にやったと言ってもいいだろう。序盤、ヤングのシュートがチェフにセーブされた場面などは今季のマンチェスター・ユナイテッドでも1、2位を争うような「チームとしてトライした」結果としての素晴らしい崩しだった。そういう意味では、マンチェスター・ユナイテッドの状態は悪くは無かった。僕ら日本人にとっては残念な気持ちになる香川真司の不在も、ヤヌザイとウェルベックの生き生きとしたプレーを見ていれば「彼らの好調を見ると、ある意味では仕方がない」ものだと思うことも出来た。

しかし、急激に彼らは勢いを失い、前半17分には失点している。一体、ここにはどういった「ミス」が隠されていたのだろう。

たった少しの「心理的差」によって壊れてしまった中盤

チェルシーにとっての先制点となったサミュエル・エトーのシュート。素晴らしい軌道を描いたこともあるが、そのシーンではいくつかの守備におけるミスがある。右サイドに流れたエトーを、左サイドバックのエブラが捕まえられず余裕を与えてしまったことが1つ。そしてもう1つが、対面したフィル・ジョーンズが簡単に彼にかわされてしまったことだ。そこまで難しいフェイントをかけられた訳でもないのに体勢を崩し、そのままエトーに簡単にシュートを突き刺されてしまっている。勿論SKYの実況や解説も、フィル・ジョーンズの守備は明らかにお粗末だ、と彼を批判した。しかし、ここで単純に彼だけのミスと考えてしまっては本当のミスに気が付くことが出来ない。一体何故このようなことが起きたかという部分には、面白いことに序盤マンチェスター・ユナイテッドが好調を保って攻撃を仕掛けていたことに関係している。

ボールを繋ぐ際に、どちらかといえばDFラインを深く保って、GKのチェフも含めてビルドアップをすることで前からのプレッシャーを避けていくような形を取るのがチェルシーの特徴だ。そのビルドアップをしっかりと封じ込めたからこそ、序盤はボールをしっかりと奪っていくことが出来た。仕組みとしてはそこまで難しいものではない。

chelsea-vs-manchester-united

CBがボールを持つと、ヤヌザイかウェルベックが追いかけながら左サイドに誘導。そのままCBへのコースを消しながらサイドバックに迫る。更に、右サイドハーフには無尽蔵のスタミナとパワーを誇るバレンシアがいる。厳しいプレッシャーで、左サイドバックとしてプレーするアスピリクエタの「考える時間」を容赦なく奪い取った。そして、このスタイルに不可欠だったのがマイケル・キャリックで、絶妙なポジションを取りながら苦し紛れに出した中盤へのパスを何度となくインターセプト。そこからのシンプルで正確な逆への展開によって、何度となくチャンスを作り出した。

しかし、この戦術は大きなリスクも内包するものだった。そのリスクとは本来は迅速な潰しによって思い切って相手にタックルを仕掛けるフィル・ジョーンズが、中盤の低い位置に残らなければならなくなったことである。いつもは大先輩であり、チームの大黒柱としてしっかりと後ろを守ってくれるキャリックがいるからこそ思い切って自分の仕事に集中出来ていた若き守備者は、自分の後ろにDFラインしかいない状況を悪い意味で深刻に受け取ってしまった。本来は思い切ったプレーが出来るところで、キャリックが後ろにいないことで「心理的に」前に出られなくなってしまったのである。エトーの先制弾はそれが顕著で、行くべきなのか下がるべきなのか悩みながら対処してしまっていることが解るだろう。実際この場面では後ろにはキャリックがいたのだが、恐らくジョーンズはそれも正確には把握できていなかったはずだ。

更にジョーンズが普段通りのプレーを見せられていないことを示す面白いデータもある。Squawka Footballは後半途中で、6本のタックルで1本しか成功出来ていないフィル・ジョーンズのデータを「本当に彼はMFなのか?」という発言を付けて掲載している。明らかに彼が本来の調子でプレー出来ていなかったことが解るデータであり、タックルやインターセプトを得意とする彼らしくないことが良く解るだろう。

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「リスクを軽減する」という点から見えるジョゼ・モウリーニョの偉大さ

フィル・ジョーンズのように本職ボランチではない選手を中盤で起用したという意味では、チェルシーも全く同じことをしている。しかしダビド・ルイスに徹底的に試合中にも「中央」でプレーするように指示を何度となく出し続けたことで「中央に穴を開けてしまう」リスクを彼はしっかりと軽減した。サイドを崩される危険性と、中央を崩される危険性をしっかりと天秤にかけた結果、チェルシーは何度サイドを崩されてもしっかりとCB陣で跳ね返した。結果的にそういった地道な積み重ねが、最終的に3‐1というスコアを作り出す要因となったのである。

とはいえ、チームとしての差は最早追いつけないほどに離れている訳ではないはずだ。悪循環にある赤い悪魔は「今現在は」小さなミスを跳ね除ける力はないものの、何度となく流れが変わりかねない瞬間を作り出したことは大きなプラスである。特にアドナン・ヤヌザイは独特の間と繊細なボールタッチで、相手DFが飛び込めない膠着状態を作り出す才能では圧倒的だ。ダビド・シルバやアンドレス・イニエスタといった世界レベルのプレイヤーにも比肩しかねないほどの才能は、赤い悪魔を背負うプレッシャーを背負っても未だ輝きを失っていない。マンチェスター・ユナイテッドを背負わせ、試合に出し続けるという荒療治がどう転ぶかは解らないが、彼とファン・ペルシー、ルーニーが一緒にピッチに立った時、何か面白いものが見られるような予感はある。そして、恐らく赤い悪魔が力を取り戻した時こそジョーカーとしての香川真司が輝くタイミングとなるはずだ。

一方で好調を保つチェルシーは、完璧にタイトルを射程距離の内に保っている。タックルを得意としており、守備で輝くMFネマニャ・マティッチを加えたことで「弱点」と揶揄されることが多い中盤を的確に強化した。ジョゼ・モウリーニョの期待に応えるように競争を結果に結びつける前線も見事で、ハットトリックを沈めたエトーだけでなく神の子・フェルナンド・トーレスも自分の武器をしっかりと研ぎ澄ましている。まさに「万全」な体勢で後半の追撃を狙う「ジョゼ・モウリーニョの軍隊」にも勿論期待するだけの価値はある。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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