ワールドカップ・ブラジル大会が幕を閉じて5日が経った。大会に先駆けて様々な本が出版されたわけだが、「スペイン優勝」を前提にした本であったり、「やはり開催国ブラジルだろう!」「イタリアかもよ」「日本は抜けるでしょう」と、まあいろいろであった。今、それぞれの思惑が外れて冷や汗をかいている人も多く見受けられる。

我が著の『フットボールde国歌大合唱!』はどうなんだ?帯にスペイン、ブラジル。帯を外すとブッフォン。見事な外れっぷりである。しかしながら、ブラジル国歌は頑張ってくれた。ここまで国歌が注目を受ける大会は過去にはなかった。ありがとうブラジル。そして、国歌は今W杯で終わりになるわけではありません。興味を持っていただけた方は、ぜひ一冊読んでいただきたい。

というわけで、間もなくはじまるEURO2016の予選に向けて、『優勝候補』である「スペイン国歌」をおさらい、かつ予習しておこう。

☆UEFA EURO 2012: Himno de España - Ingrid Irribarren

スペイン国歌を耳にされている方は多いだろう。その際、何か気づかれたことはないだろうか。実は、スペイン国歌には歌詞がない。では、歌詞のない国歌に、観客はどう反応しているのか。スペイン国民は、曲に合わせて「あ~あ~」とか「お~お~」と歌っている。歌詞はなくとも、国歌斉唱時に何か声を発したくなるのが人情というものなのだろう。

一般にスペイン人は、代表への思い入れが少ないと言われてきた。しかし昨今、風向きが変わってきている。それは国歌斉唱にも反映されている。赤と黄色に染まったスタジアムが「お~お~」と声を張り上げる光景は、なかなかどうして、十分に壮観だ。スペイン代表は、日本では「無敵艦隊」と称されることがある。大航海時代、無敵を誇ったスペイン艦隊(Armada Invencible)にちなんでいる。どうやら、無敵艦隊が文字通り「無敵」になるにつれて、代表人気も全国区になってきたようなのだ。

◆歌詞が付かない運命

スペイン国歌の歴史は少なくとも18世紀まで遡る。1770年9月3日、国王カルロス三世により、国の正式な行進曲(『Marcha Real Española/スペイン王の行進曲』)として定められた。元になった曲の起源には諸説ある。プロイセン王から贈られたとも、賛美歌が元になったとも言われている。


(Carlos III, 1716年1月20日 - 1788年12月14日)

初採用当時から、この曲には歌詞が付いていなかった。その後、歌詞のない曲に、詞を付けようという試みが、数度に渡ってなされてきた。最初の企ては、20世紀前半に起きた。当時国王の座にあったアルフォンソ13世が、劇作家に作詞を依頼する。しかし1931年に王政が廃止され、依頼した歌詞が日の目を見ることはなかった。

その後、スペインは第二共和制時代に入り、新国歌が制定される。そのため、この曲は一時的に国歌の座を降りることになった。続く20世紀後半のフランコ政権時代、曲は国歌として復活を果たす。そして新しく歌詞が付け直された。しかし、フランコの命脈が尽きるとともに、その歌詞も姿を消すことになった。

そして21世紀、スペイン政府は新しい歌詞を一般から公募した。7000通を超える応募があったという。2008年、政府は満を持して新たな歌詞案を発表する。しかし、各方面から猛烈な批判を浴びて、案は取り下げられてしまう。詞を付けることはまたも見送られたのだった。結局、スペイン国歌は二百数十年に渡って、歌詞を拒絶し続けてきた。この事実は、そのままスペインの抱える国内問題の複雑さを反映している、と言えるだろう。

◆カタルーニャ選抜とバスク選抜

先述した通り、スペインは地域ごとの独立性が強い。各地域は独自のサッカー代表や国歌を持っており、特に南東部のカタルーニャ地方と北西部のバスク地方は、マドリードを中心とする中央政府への対抗意識が強い。これらのサッカーチームは、毎年他国の代表や選抜チームを招いて試合を行っている。もっとも、国際サッカー連盟(FIFA)や欧州サッカー連盟(UEFA)からは、正式な代表としては認められていない。

ここ数年、FCバルセロナの本拠地カンプ・ノウスタジアムで、異変が起きている。クラシコの試合開始後17分14秒になると、カタルーニャ独立を支持するサポーターたちが、「カタルーニャ国歌」を歌い始めるのだ。17分14秒は1714年に起きた抵抗運動にちなんでいる。中にはグアルディオラをカタルーニャの大統領に推す声もあるという。一方のバスク選抜も、毎年末親善試合を開いており、開始前には「バスク国歌」が歌われる。これらの事例からも、スペインの多様さ複雑さの一端が垣間見える。

☆Els Segadors al Camp Nou 「カタルーニャ国歌」

☆Euskal Selekzioa - Bolivia (Eusko Abendaren Ereserkia 29-12-2012) 「バスク国歌」

◆国王杯での短縮バージョン

2012年のスペイン国王杯決勝で、国歌を巡るちょっとした事件が起きた。国歌斉唱時、大音量で曲が流され、通常より短縮されたバージョンが用いられたのである。会場のブーイングを防ぐ目的だったとされている。スタジアムのVIP席には、王族も列席されていた。決勝の組合せは、FCバルセロナ対アスレチック・ビルバオだった。この2チームこそ、カタルーニャとバスクを象徴するクラブチームなのだ。ブーイングが発生する下地は十分にあったと言える。ちなみに、2009年の国王杯決勝でも、この2チームの組合せとなり、会場になったメスタージャには、大ブーイングが起こった。

pitada himno athletic bilbao-barcelona en la copa del rey

ブーイングの発生を危惧したスペインサッカー協会は、決勝に向けてキャンペーンを開始、イメージビデオを製作した。そして、テレビ放映を繰り返して、国歌斉唱時の冷静な観戦を訴えた。しかしその努力も虚しく、試合当日のビセンテ・カルデロンは、大ブーイングに包まれた。

はたして、歌詞のない国歌に、詞が付くのはいつになるのだろうか。そして、歌詞はどのようなものになるのか。その時、スペインという国は、どう変貌を遂げているのか。あるいは、このまま永遠に曲だけが流され、ハミングを続けるのか。スペイン国歌の未来は、すなわちスペインの未来なのである。

(『フットボールde国歌大合唱!』(東邦出版)より一部抜粋)

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◆『フットボールde国歌大合唱!』(東邦出版)いとうやまね著

スタジアム中にこだまする国歌斉唱。ネイマールが思わず涙するブラジル国歌、伊達男たちが情熱的に歌い上げるイタリア国歌、歌詞がないのに客席はハミングのスペイン国歌......。国歌にまつわる歴史やエピソードを満載。ワールドカップ、欧州選手権、オリンピックをはじめとする国際試合の必読書。


筆者名:いとうやまね

ライターユニット(いとうみほ+山根誠司)。著書には、『フットボールde国歌大合唱!』『サッカー誰かに話したいちょっといい話』(東邦出版)、『プロフットボーラーの家族の肖像』(カンゼン)、『蹴りたい言葉~サッカーファンに捧げる101人の名言』(電波実験社)、他がある。サッカー専門誌、フィギュアスケート専門誌のコラムニストとして、またサッカー専門TV 番組、海外サッカー実況中継のリサーチャーとしても活動。スポーツ以外の執筆も多数。
ツイッター: @mipolin_tokyo
LINK: ハフィントンポスト(いとうやまね)

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