世界との差。そんな曖昧な言葉だが、実際W杯を見ていたサポーターはそれを肌で感じ取ったかもしれない。

コロンビア戦、日本からは遥か遠きグラスゴーのパブにも、数人のフットボールファンが訪れていた。恐らく日本人ではない、数人のアジア人サポーターは、日本の選手が激しい当たりに倒れ、コロンビアが後半勢いを強めてゴールを重ねていくと悲しそうにため息をつき、ビールに口をつけた。そして、試合が決まった終盤は、同時進行でコートジボワールを苦しめていた、数人のギリシャファンが熱狂するギリシャ対コートジボワールの試合を移すテレビに近い席へと移ってしまった。留学生である筆者は、サッカーファンの友人と試合を見に行ったのだが、彼の言葉が忘れられない。

「まるで日本の選手達は、コロンビアの選手たちの全てを恐れているようだ。ぶつかり合いを避け、常に気圧されている」

大久保嘉人、内田篤人…勿論選手達は徹底的に相手に食らいつき、必死に闘いを挑んだ。それでも、何かが致命的に足りない。映像として間接的にしか見られない表情でも、選手達が悔しく思っていることは十分に伝わってきた。その致命的に足りないものを考えていくこと、埋めていくことが、恐らくこの先数十年に渡る闘いにおいて必要になることなのだろう。

本コラムでは、三試合のハイライト動画を取り上げ、日本が見せたポジティブな部分について考えていくと共に、どのように真剣勝負の中で見えた光明を生かしていくのか考えていこう。

「ニアゾーン」の崩し。

岡田監督時代に、一時期日本のメディアでも爆発的に流行った気もするのだが、「ニアゾーン」という言葉があった。「インテンシティ」に取って代わられて完全に死語になってしまった辺りが、日本のサッカーメディアが悲しいことに「ファッショナブル」な言葉に踊らせてしまっていることを表現してしまっているのだが、それは本筋から逸れてしまうので置いておこう。

まず、「ニアゾーン」を定義しなおすことが必要だ。「どのエリアをニアゾーンと呼ぶのか」という部分はそこまで重要ではないのだが、下図に示したエリアだと考えていただくのが解り易いだろう。つまりボールにチェックに来たサイドバックと、センターバックの間になるスペースだ。そして最も重要なのは、このエリアは図のように中央に攻撃陣が集まった瞬間にポッカリと穴になりやすいということである。

このゾーンを強調した岡田監督の狙いは、身長の低い選手でも一気にスピードを生かして飛び込ませるようなプレーでサイドからのゴールが狙える、ということだった。俊敏で低身長のストライカーで運動量を生かしたプレスを構築し、それをチームにおける基盤にしようとした岡田監督&大木武コーチとしては、圧倒的な個人能力で戦えない日本代表の攻撃力を、このスペースを使ったサイドからの速攻によって少しでも底上げしようとしていた。

しかし、ザッケローニの日本代表において、ニアゾーンからの攻撃が比較的効果が高かったのには異なる理由がある。今回の日本代表では、ザッケローニが徹底して中央に入って行くことを好む選手をサイドアタッカーに起用した。香川、岡崎、大久保。これは長友、内田という世界に誇れる両サイドバックに、サイド攻撃を比較的託せるということもあったのだろう。そのおかげか、相手のサイドバックがオーバーラップした日本のサイドバックに引き付けられ、このポジションが空くことが多く、いくつか効果的な形も見られた。

発端は相手のミスであるが、コートジボワール戦で本田が決めたゴール(下のコートジボワール戦動画30秒より)もこのゾーンからだ。この時は、極端に空いたサイドバックとセンターバックの間を中途半端にボランチが請け負っており、そのゾーンに入ったボールへの対応が遅れている。中央での岡崎、大迫に明らかにDF陣は引き付けられており、まさに上手くニアゾーンからの攻撃が嵌った形である。

相手のサイドバックを自ら抜き去り、このゾーンにドリブルで入り込んだ形もある。コートジボワール戦の動画、1分50秒からの内田のチャンスは、センタリングを意識させて中央にDFが集結して、ニアゾーンにスペースが生まれている。内田が、相手をかわしながら中央とサイドバックの間に生まれたスペースに自ら切り込んだことで、シュートを狙っていくまでの十分な余裕を得られている。

内田篤人のプレーが絶賛されているのは、こういった「考える」プレーのほとんどに絡んでくるからだ。ファーへのセンタリングにも正確なボールを供給出来る上に、ニアゾーンをしっかりと見ていることが、選手たちがこのスペースに走り込むことを促進する。コロンビア戦の7分20秒からの場面、ニアゾーンの岡崎をワンツーのクッションに使った場面なども、センタリングのタイミングを変えて中と駆け引きするという非常にレベルの高いプレーだと言えるだろう。

少し話は本筋から逸れるが、ギリシャ戦動画5分38秒からの内田の動きも注目に値する。相手が中央に固まったことで、守備も中央に寄っていると見た彼は、サイドバックでありながら長友からのセンタリングの流れで積極的に逆サイドから中央に侵入。相手の視界の外からこぼれ球に飛び込み、シュートにまで繋げている。

このゾーンでのプレーで生きるのが、俊敏性を生かしてスペースに入り込む香川だ。一つ前に戻り、コロンビア戦の動画、9分5秒からのシーンは、香川がニアゾーンに入り込むことが出来た数少ない形である。一度サイドをクッションに使い、サイドバックに釣られて空いたスペースに香川が飛び込み、一瞬遅れたDFをしっかり振り切っている。

【次ページ】中→外。二段構えの攻撃。