アメリカ資本で改革を目指すASローマは、間違いなくセリエAの今後10年を牽引するチームの1つだ。安定した資本注入に裏打ちされた長期的な彼等のプランは、攻撃的で魅力的なフットボールを志向する指揮官ルディ・ガルシアと辣腕で知られるSDワルテル・サバティーニに支えられて、ついに昨シーズン、誰もが認める結果として表れ始めた。実際、今季既に行われた王者ユベントスとの試合は、今後イタリアの「クラシコ」になるのではないかと感じさせるほどの盛り上がりを見せた。
今季も変わらず攻撃陣が好調で、セリエAにおいて首位戦線を盛り上げる「攻撃的フットボール」のCL復帰に、ドルトムントやアトレティコのようなダークホースとしての役割を期待したファンも少なくは無かったはずだ。セリエAでの試合を観てみれば、ローマが保有する個々の能力は圧倒的に高い。中盤にナインゴラン、ピアニッチ、ストロートマン(現在離脱中)、デ・ロッシというビッグクラブも触手を伸ばすようなメンバーを揃えたローマがヨーロッパで上昇気流に乗る展開を、昨今リーグとして低迷しているセリエA全体も望んでいたはずだ。
それでも、「世界でも五指に間違いなく入るクラブ」バイエルン・ミュンヘンと対した時、その実力差は明白だった。
バルセロナで時代を築いた鬼才、ペップ・グアルディオラに率いられたドイツの王者は、ユップ・ハインケスが三冠を達成させたシーズンに勝るとも劣らない鮮烈なパフォーマンスを披露。ローマのお株を奪うような華麗な攻撃を展開し、イタリアが伝統的に基盤としている守備を蹂躙した。各マッチアップで散見された個人能力の差も勿論要因の1つではあるが、ペップ・グアルディオラは個人能力の差を「結果に還元する」という点で非常に興味深いアプローチを見せた。
本コラムでは、グアルディオラの戦術について分析していくことを通して、個々の技術を組織の中で生かしていくフットボールの形について考察していきたい。
まず、バイエルンのフォーメーションは、3-4-3にも3-5-2にも見える。ゲッツェがFWというような配置になっているサイトもあれば、中盤になっているところもある。どちらかというと、スタートとなるポジションはFWに近かったように見えたので、本コラムではロッベンとベルナトを両翼に配置し、レヴァンドフスキ、ミュラー、ゲッツェの3トップであったという前提で説明をしていきたい。
ASローマは、ルイス・エンリケ、ズデネク・ゼーマン、ルディ・ガルシアという3人の指揮官を経てきた中で、非常にサイドでの三角形を作ることに拘りを見せるようになったチームだ。攻守で狭い位置でのプレーを好み、それを利用するように突破力のあるジェルビーニョを孤立させることで一気に守備を切り崩すパターンも持つ。
簡単に言えば、バイエルン・ミュンヘンはローマの得意とする1つのパターンを「より質の高い個」によって昇華してしまった。まず、右サイドで密集を作ってパスを回す。ここでポイントとなるのは、前線に入ったゲッツェの「下がりながら」のボールタッチだ。
(Squawka.comより)
この図から解るように、机上では左ウイングの位置のはずのゲッツェは中央に近い位置でプレーしていた。レヴァンドフスキ、ミュラーの2人がCBと駆け引きをすることで彼等を抑え、ゲッツェのマークに出ていけない状態を作る。ラームとアロンソを中盤の2人が見る状態を作り、一度左ウイングバックを経由することで相手のサイドバックと中盤の1枚を右サイドに引き付ける。そうなると、ゲッツェが中央でフリーになる瞬間が生まれる。縦パスを入れるのも簡単なことではないが、そこは流石のバイエルン・ミュンヘン。苦も無く正確にゲッツェの足元に合わせてしまう。
しかし、この状態ではまだローマの守備を崩せている訳ではない。バイエルンが驚異的だったのは、これをプロセスの一部として発展させていったことだ。
ボールを受けたゲッツェのところに相手を密集させ、そこで簡単にアロンソにボールをリターン。そこで2トップ状態のレヴァンドフスキとミュラーが、パスを受けようと裏のスペースを狙っているような動き出しを見せる。
特にFWのトーマス・ミュラーが、ヤンガ・ムビアの視界から裏に回ろうという動きを見せることがポイントだ。その動きを見たアシュリー・コールは、彼のカバーに入ろうと内側に絞ろうとする。
そこで、アロンソから孤立したロッベンへ鋭いパスが通る。パサーとして優秀なだけでなく、球足の速いキックにも定評があるシャビ・アロンソの技術を生かしながら、ドリブルで相手を切り裂く事が出来るロッベンを孤立させる。バスケットボールの世界では「オフェンス4人がヘルプサイドに寄って、残りのプレイヤーに1on1をさせる戦術」を「アイソレーション」と呼ぶのだが、興味深いことにローマ相手にバイエルンが見せた形はこの「アイソレーション」に近いものだった。
このスタイルの特筆すべき点は、バイエルンの選手達が持つ特性に驚くほどに噛み合っていた点だ。言い換えれば、戦術の中に個の能力を最大限まで生かす工夫が詰まっていた。狭いところでもゲッツェへの縦パスを正確に通すDFラインや中盤の技術、相手のマークを掻い潜るようにスペースを作り出すFW陣の貢献があってこそ成り立つものであり、個々の強みを生かしながら組織としてローマの守備を攻略している。特にトーマス・ミュラーは何度となくローマの守備陣を振り回し、アシュリー・コールの仕事を増やし続けた。