マフディ・アリの陰に、ミスフィルの貢献アリ

しかし、このアブドゥラー・ミスフィルという人物が果たした役割は非常に大きかった。

彼はそれほど有名な人物ではないが、昔からUAEのサッカー連盟に関わってきたコーチで、2000年にも暫定監督を務めたことがある。

そして、2011年にスレチュコ・カタネッツ監督が解任されたことを受け、彼が暫定監督に就任したのだ。

(2011年9月に解任されたスレチュコ・カタネッツ監督)

UAEサッカー連盟は彼にそれほど期待はしていなかっただろう。ただの一時的な内部昇格であり、海外の監督を探しているという報道は当初からあった。そして、事実最初の3試合では韓国とクウェートに負け倒した。

だが、就任から数か月が経ち、チームは徐々に改善。ミスフィルのやっているサッカーは結果には繋がっていなかったものの、これまでの外国人監督とは一線を画したものだった。

短期的な結果を求めがちな外国人監督が中東諸国の監督を務めた場合、組織力の欠如を改善することは諦め、最終ラインを後方に設定し、相手も自分も間延びさせてスペースを作り、長いボールとドリブルで一発を狙うだけのサッカーになってしまうことがよくあった。 クラブチームも含め、UAEはまさにその流れに飲み込まれがちだった。

しかし、ミスフィルは最終ラインを上げることやプレスをかけることを恐れず、チャンスがあれば自分たちで主導権を握るサッカーをやろうとしていた。負け倒している最中でもそれは見て取ることが出来た。

そして2012年には1月に親善試合で強豪ウズベキスタンを破り、2月のワールドカップ予選を含めて3連敗からの3連勝を達成。結果がようやく出始めたこの時同時に起こったのが、UAEの歴史上で初となるロンドン五輪出場である。

そのチームを率いていたのはもちろんマフディ・アリだ。

アブドゥラー・ミスフィルは3連勝を収めたまま成績不振のために8月に解任となるが、その後任として「マフディ・アリでいいじゃないか」と連盟の首脳陣に思わせたことは間違いない。UAE人でも選手に現代のサッカーを教えられるのだと。

ミスフィルはその後国内リーグのアル・ジャフラを率いた後、再び連盟のコーチとなり、現在はU-19を指導している。それを見ても彼が連盟からの信頼を失ったわけではないことは明白であり、光が当たることはなかったが、現在の基礎を作った重要な存在だった。

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