シャイフ・サルマン・ビン・イブラヒム・アル・ハリーファ(バーレーン)

元バーレーンサッカー協会会長

元FIFA副会長、元FIFA規律委員会副委員長

現アジアサッカー連盟会長

バーレーンの王族に生まれたシャイフ・サルマン氏。国内の名門リーファ・クラブのユースに所属していた経験を持ち、後にバーレーンサッカー協会の要職を歴任してきた。

2002年にはバーレーンサッカー協会会長に就任し、代表チームの強化に尽力。2004年アジアカップでは初めての4位入賞に導き、2006年、2010年のワールドカップ予選では大陸間プレーオフにまで進出した。

また、FIFAでは2004年から副会長を務め、倫理委員会の副委員長にも就任。2013年にはチャン・チーロン氏の後を継ぐ形でアジアサッカー連盟の第10代目会長を務めることになった。

5月のFIFA会長選挙には関係していなかったものの、10月末には必要書類を揃え、次期会長選挙に立候補することを高らかに宣言した。

彼に対しては、バーレーンの人権団体から激しい抗議が行われている。それは、2011年に起こった「アラブの春」で発生した反政府活動に関する弾圧に関与したという指摘だ。

バーレーンでは、日本相手にゴールを決めた名ストライカーのアラー・フバイル、その弟であるムハンマド・フバイルを初めとした多数のスポーツ選手が反政府運動に関わったとして逮捕され、激しい拷問を受けた。

シャイフ・サルマンに対しては、これらの反政府活動に参加した選手を特定する役割を持っていたという疑惑がかけられている。

しかし、シャイフ・サルマン氏は11月の会見でこの問題への関与を否定。また、その際に投獄された選手も「シャイフ・サルマンがそのようなことをしたとは思えない」と発言している。

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