6位:ジュスト・フォンテーヌ
フォンテーヌのキャリアはあまりにも短かったが、フットボール史に刻んだ衝撃は計り知れない。1958年W杯で記録した1大会13ゴールという数字は、後に続いた数多の名ストライカーをもってしても破られていない不滅の記録だ。
この数字は決して偶然ではない。彼はスピードがあり、鋭く、ゴールの前では極めて冷徹だった。同大会では全試合でネットを揺らし、西ドイツとの3位決定戦では4ゴールを叩き出している。
ニースやスタッド・ランスで国内タイトルを獲得し、欧州カップ戦の決勝にも進出したが、負傷によりわずか28歳で引退。もし怪我がなければどれほどの記録を残したかと思わずにはいられないが、それでも代表21試合で30ゴールという効率は、驚異的の一言に尽きる。
5位:パトリック・ヴィエラ
「パーフェクトな近代的ミッドフィールダー」という言葉が安っぽく聞こえるほど、ヴィエラは完璧な存在だった。長身でエレガント、それでいて物理的に圧倒的な彼は、ボールを奪い、運び、テンポを作り、同時に相手を威圧することができた。
アーセナルではヴェンゲル監督の下、3度のリーグ優勝に貢献し、2003-04シーズンの無敗優勝「インヴィンシブルズ」の主将を務めた。ロイ・キーンとの激闘はプレミアの語り草だが、彼は単なる戦士ではなく、技術に長け、ハイレベルな試合をコントロールできる知性を持っていた。
フランス代表としても1998年W杯とユーロ2000を制覇。パワーと気品をこれほど高い次元で融合させたMFは、後にも先にも彼くらいだろう。
4位:レイモン・コパ
フランス・フットボール界における「最初の世界的スーパースター」だ。輝かしいドリブルと創造性溢れるプレーメイクを武器に、フランス代表がまだ国際的な地位を確立しつつあった時代にテクニックと度胸をもたらした。
スタッド・ランスで名を上げると、黄金期のレアル・マドリーに加入し、1957年から1959年にかけて欧州カップ戦3連覇の一翼を担った。彼の成功は、フランス人選手が海外へ進出するパイオニアとなった。
代表では1958年W杯でジュスト・フォンテーヌと見事な連携を見せ、準決勝進出に貢献。同年にはバロンドールも受賞している。プラティニ、ジダン、アンリ、エムバペが登場する以前、フランスには扉を開いたエレガントな「将軍」コパがいたのである。
