3位:ミシェル・プラティニ
1980年代を支配した至高のフットボーラーであり、サッカー史上最高の攻撃的ミッドフィールダーの一人だ。パス、ビジョン、フリーキック、そして得点能力。そのどれもが突出しており、一つのポジションの枠には収まりきらない選手だった。
ユヴェントスではセリエAと欧州カップを制し、3年連続でバロンドールを受賞。そしてフランス代表での傑作は、何と言ってもユーロ1984だ。わずか5試合で9ゴールを叩き出し、開催国フランスを悲願の初タイトルへ導いた。
一人の選手が国際大会を支配した例として、これ以上のものはないだろう。FIFAに入ってからの不祥事は彼のイメージを損ねたかもしれないが、選手としてのプラティニは純然たる天才だった。
2位:ティエリ・アンリ
近代フランスが生んだ最高のアタッカーだ。アーセナルでは、速く、優雅で、冷酷なまでにスムーズなプレーを見せ、フィジカルバトルの場と言われていたプレミアリーグのイメージをも変えてしまった。
クラブの歴代最多得点記録を持ち、無敗優勝チームの攻撃の象徴として、得点とアシストを驚異的なレベルで両立させた。バルセロナ移籍後には念願のチャンピオンズリーグ制覇も成し遂げている。代表でも1998年W杯とユーロ2000を制し、123キャップで51ゴールを記録。
常にフランスの主役だったわけではないが、そのキャリア全体を見れば、並ぶ者のない実績を誇る。全盛期のアンリは、世界トップクラスのディフェンダーをまるで赤子のように扱った。
1位:ジネディーヌ・ジダン

(C)Getty Images
ジネディーヌ・ジダン、彼こそが頂点だ。フランスはこれまで多くの点取り屋、守備の達人、リーダー、魔術師を生んできたが、ジダンは芸術性と運命的な輝きを一身に集めた存在だった。
ユヴェントスで世界最高のMFとしての地位を確立し、レアル・マドリーでは2002年欧州決勝のあのボレーシュートで伝説を作った。しかし、彼の最大のレガシーは代表チームにある。1998年W杯決勝でブラジルから奪った2つのヘディングは、彼を国民的英雄へと押し上げた。
2年後のユーロ2000でも、魔法のようなエレガンスでフランスを頂点へと導いた。キャリアの終焉となった2006年W杯でさえ、まるで演劇のようなパフォーマンスでチームを再び決勝へと導いた。
イタリア戦でのレッドカードもまた彼の物語の一部だが、それが彼の価値を貶めることはない。ジダンは、コントロール、美しさ、そして偉大さを一つの肉体に宿した究極の選手だった。
※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。
筆者:石井彰(編集部)
画像提供:Getty Images
