「迂直の計」を探せ。レアル・マドリードの倒し方

マドリード。スペインの首都であり欧州でも5位の人口を誇る大都市には、その規模に見合うような世界屈指のビッククラブが存在している。その名はレアル・マドリード、「白い巨人」、「銀河系軍団」といった様々な豪華絢爛な異名を携え、常にその潤沢な資金力で大型補強を敢行する強豪である。その「白」を基調としたユニフォームは常に世界のフットボーラーの憧れであり、ロナウド、ジダン、ベッカム、ラウール、フィーゴ・・・といった錚々たる面子が所属していたことでも知られている。

CL決勝トーナメント1回戦で因縁浅からぬプレミアの強豪マンチェスター・ユナイテッドと1対1で引き分けた後、ポルトガルが生んだ名将ジョゼ・モウリーニョが率いる百戦錬磨の傭兵集団は、二度のクラシコで最大のライバルであるバルセロナを連続で下した。つまり、彼らの状態がいい事に疑いの余地はない。さて、今回は第2戦となったスペインリーグでのクラシコとCLファーストレグでのマンチェスター・ユナイテッドとの邂逅から、「銀河系軍団」と称されるレアル・マドリードというチームについて考察し、CLセカンドレグで敵地オールド・トラッフォードに乗り込んでいく際のレビュー兼マンチェスター・ユナイテッド側から見たレアル・マドリード攻略法について考察していきたい。当然こういった分析というものは非常に難しい。それでも、「未来のことはわからない。しかし、われわれには過去が希望を与えてくれるはずである」という元イギリス首相ウィンストン・チャーチルの言葉を信じて分析を進めていくこととしよう。

本筋からは少し逸れるが、皆様は「迂直の計」という言葉をご存じだろうか?武田信玄がその旗に記した事で有名な「風林火山」の元となった中国の思想家、孫子が兵法の中で強調した言葉である。これは回り道となる「迂」と直線となる「直」を使い分ける事が出来る者が闘いにおいて勝利を得るという事を意味している。つまり、「正攻法と奇襲」を使い分けることが出来れば勝利の可能性は大きく高まるのである。今回は、この「迂直の計」に沿ってレアル・マドリードに対しどのようにマンチェスター・ユナイテッドが挑むべきか考察しっていきたい。

まず、レアル・マドリードというチームの特徴についてである。何よりも、個々の高い戦術理解能力に起因した戦術的柔軟性にあることは間違いない。ボールを繋ぎながら相手を崩しにかかる事も出来れば、個人能力で点をもぎ取る事も可能。守備を固めてのカウンターも世界屈指の切れ味を誇る名刀だ。実際、CLでのマンチェスター・ユナイテッド戦では華麗な攻撃で終始プレミアで独走する「赤い悪魔」を圧倒。偶発的な得点以外は、相手の攻撃をほとんど封じ込めたまま、その豪華な前線から繰り出される多彩な攻撃によって敵陣に相手を押し込み続けた。逆に先日のクラシコでは、控え中心で挑みながら、ミランからアイディアを得たかのような守備を易々と披露。バルセロナの攻撃をしっかりと防ぎながら、セットプレーとカウンターという少ないチャンスを最大限に生かし、常に美しいパスワークによってヒラヒラと宙空を飛び回っていくバルセロナという蝶の羽をもぎ取り、地に落としてみせた。

レアル・マドリードというチームにおいて唯一弱点となるのは、強いて探すとすればその攻撃パターンの少なさである。否、少ないというよりは圧倒的な個人の存在によってチームが動かされてしまうことが多々あることだ。特にCL第1戦、追加点を求めるジョゼ・モウリーニョがイグアインとモドリッチを投入した後に起こった状況は記憶に新しい。2人を続けざまに投入し、指揮官が放ったメッセージは間違いなく「堅く閉ざされた中央では無くサイドからの攻撃を仕掛け、イグアインに合わせて追加点を」というものだったはずだ。しかし、チームの中心となる怪物クリスティアーノ・ロナウドが中央に留まってゴールを狙う姿勢を見せていた事でレアル・マドリードはサイド攻撃を十分に仕掛ける事が出来なかった。サイドに流れながら、中央のスペースを空けるようなプレーを得意とするベンゼマとは違う役割を求められて投入されたはずの得点力に優れるイグアインが結果的にサイドに流れ「クリスティアーノの兵隊」にされてしまったのだ。

チームの意思以上に、「時に優先される個が存在していること」と「チームのほぼ全員が状況に合わせて器用に役割を変える事が出来ること」は一面では大きな武器であるが、場合によってはそれが悪い方向に転ぶ事もあり得るのである。その圧倒的な個の集団であるが故に「モウリーニョの意図」は常に届く訳ではないのである。そして、それはつまり「不確定」な状況をもたらす事に繋がっていくのである。もちろんジョゼ・モウリーニョも人間であり、采配において失敗することも多々あるだろう。そういった場合、個のアイディアに救われる事はあるかもしれない。しかしそれでも、恐らくより安定して勝利を得られるのはチームとして組織的に動けている時なのではないだろうか。ファンタスティックなアイディアを披露するドイツの芸術家メスト・エジルのプレーにおける大きな振れ幅も、懸念材料の一つではある。

クラシコでは、ある程度ターンオーバーをしながら、レアル・マドリードは非常に上手く戦った。圧倒的な前線の個が無い分、チームは規律を持って良く走り続けて勝利を奪い取った。特に、左サイドに入ったカスティージャ上がりの若手であるアルバロ・モラタは存分に自分の実力と個性を発揮してチームに違いをもたらした。恐らく、圧倒的な個であるクリスティアーノ・ロナウドやメスト・エジルがピッチにいたら、彼の良さはあれほど出なかったのではないだろうか。

そして、後半は、クリスティアーノ・ロナウドを投入した事によって「攻めに転じろ」という強いメッセージが伝えられた。そこから攻めに転じたレアルはしっかりと2点目を奪っている。しかし、クラシコのような事がオールド・トラッフォードという舞台で出来るかと言えば難しい。クリスティアーノ・ロナウドを名も無き一人の若手から世界屈指のフットボーラーに成長させてくれたプレミア屈指の熱きファンの前で、鮮血に染まるオールド・トラッフォードで、そして何よりも唯一無二の愛情を注いでくれた恩師サー・アレックス・ファーガソンの前で当然彼は先発することになるだろうし、クラシコで休みを貰ったドイツの天才メスト・エジルやアルゼンチン代表ドリブラーであるアンヘル・ディ・マリアも当然スターティングラインナップに名を連ねる事になるだろう。そうなると、当然レアル・マドリードというチームは彼らのアイディアへの依存を高めるように最適化、効率化される事になるだろう。大きな問題として、彼ら3人のアイディアを手詰まりにされてしまった時にレアル・マドリードとして打開策が見当たらない状況に陥る可能性が高いのである。そして、そうなってしまえば修正は一気に難しくなるはずだ。

そうなってしまえば、対処は不可能ではない。それをファーストレグにおいてある程度やってのけたこともマンチェスター・ユナイテッドにとっては大きな後押しになるはずだ。チームとしての狙いを崩し、個の集団へと分断する事。そのためには彼らの予想を覆すことが一つ重要になる。「迂直の計」における「迂」の部分がここになってくる。

実際、分析能力に長けたジョゼ・モウリーニョにとって絶対的なスタイルを持つバルセロナ以外のチームが最も得意とするスタイルで闘ってきた場合、切る事が出来る手札は膨大に存在するはずだ。だからこそ、ファーストレグでマンチェスター・ユナイテッドが、これまで国内で貫いていた攻撃的スタイルを崩して、ルーニーのサイド起用とフィル・ジョーンズの中盤起用を選択する事によって彼らの小さな「ズレ」を生むことが出来たのである。

攻めなければならないホームで、どうやってジョゼ・モウリーニョのチームに迷いを生むことが出来るか。ここが非常に難しいところになってくる。個人的にはアントニオ・バレンシアと香川真司、この二人が大きなポイントになるのではないかと考えている。クラシコでのレアル・マドリードの守備を見る限り、裏を狙う俊敏な選手には手を焼く傾向がある。リーグ戦でハットトリックを決め、好調を保っているだけでなく、「マンチェスター・ユナイテッド」の中では非常に特徴的なプレースタイルを持ち、「迂」となれるMF香川真司には出番を与える価値はあるのではないだろうか。

そして、アントニオ・バレンシア。エリック・カントナ、デイビッド・ベッカム、クリスティアーノ・ロナウドといった面々が背負った「赤い悪魔」伝統の背番号「7」を受け継いだこのエクアドル人サイドアタッカーは、その圧倒的なフィジカルで攻撃だけでなくサイドでの守備で大きなタスクを果たす事が出来る選手である。エヴァートンとのリーグ戦、プレミア最高クラスの左SBレイトン・ベインズをそのフィジカルとプレッシャーで圧倒して組み立ての起点を殺してしまった彼であれば、レアル・マドリードのSBに強烈なプレッシャーを与えながら攻守に貢献し、ルーニーや香川、ファン・ぺルシーにより自由を与えるために犠牲になれる事だろう。一面が赤く染まるオールド・トラッフォードで「攻めない」事は許されない。となれば、いつものようにルーニーとファン・ペルシーには前線で仕事をさせる必要が出てくるだろう。マンチェスターの地で、「ユナイテッドの象徴」であるルーニーをサイドで守備に奔走させる訳にはいかないのである。だからこそアントニオ・バレンシアの起用によってバランスを取りつつ、ホームで「直」となるエキサイティングな攻撃的サッカーを見せていくことが必要になってくるのではないだろうか。そういう意味で、個人的にはバレンシア、ルーニー、ファン・ペルシー、香川(ウェルベック)の起用が対レアル・マドリードの最善手になるのではないかと考える。そして、状況に応じて、メキシコの殺し屋チチャリート、ウェールズの生きる伝説ライアン・ギグスを投入しながらオールド・トラッフォードにやってきた白い巨人を哀れな犠牲者に変えてしまうことが、彼らにとって最高のシナリオになるだろう。

レアル・マドリードに目に見える弱点は少ない。かつ、好調の彼らを破る事は世界のどのチームにとっても簡単な仕事ではないはずだ。それでも、やってみるまでは解らないのがフットボールの面白いところである。幸いな事にマンチェスター・ユナイテッドはアドバンテージを持ってオールド・トラッフォードに帰還する事が出来た。両指揮官がどうやって策を練り、相手を上回るか。世界レベルの心理戦、謀略戦がそこにはある。どう転んだとしても、興味深い試合になる事は間違いないだろう。


筆者名:結城 康平
プロフィール:サッカー狂、戦術オタク、ヴィオラファンで、自分にしか出来ない偏らない戦術分析を目指す。
ツイッター:@yuukikouhei

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