ローマダービーから学ぶ「流れの掴み方」。

ローマダービー。イタリアでも屈指の「熱さ」を誇るこのダービーはローマの街をフットボール色に染め上げていく。フットボール色とは何色か?と問われたら恐らくローマファンは「ジャッロロッソ(黄と赤)」と答えるだろうしラツィオファンは「ビアンコチェレステ(水色)」と答えるのだろう。このダービーが両チームにもたらすものは単なる勝ち点3だけではなく、「ローマで最強のチームは俺たちだ」という強い誇りだ。勝てば、ファンは我が物顔で半年間「厄介な隣人」からの価値ある勝利を肴に美味しいアルコールを楽しむことが出来るのだから。

ローマの監督はアンドレアッツォーリ。柔軟にフォーメーションを弄りながら、相手を苦しめる「元プランデッリの右腕」は「攻撃の鬼」であるゼーマンからチームをシーズン半ばに受け継いだ。彼とは違い、プレイヤーそれぞれが持っている個性を重視するそのスタイルは「選手それぞれが実力はあるものの、クセがある」ローマの色には噛みあっているように感じられる。対してラツィオを指揮するペトコビッチは知的で冷静なプロフェッショナルだ。様々な言語を流暢に操る彼がサッカーで見せるスタイルは、組織を重視しており常に最善手をためらいなく指せる冷たさをも感じさせる。そんな彼らのぶつかり合いは、まるでローマとラツィオを映し出しているかのようだった。 

では、試合を見ていくことにしよう。ローマのフォーメーションは4-3-1-2。トッティが最前線にいることから、まるで「ゼロトップ」を思い出させるようなこのフォーメーションの利点は中央からの攻撃において数的有利を作りやすいことである。また、それだけではなくサイドを空けていくことによって自由に選手をサイドに走らせることによって読みにくい攻撃を仕掛けられるというメリットもある。ラツィオは最も得意とし、完成度が高い4-1-4-1を選択。特に中盤2列目でキッチリとプレッシャーをかけることによって敵が危険な場面を作ることを未然に防いでおいて、そこから速攻を仕掛ける得意のスタイルである。

2013/4/9 Roma vs Lazio

先に流れを掴んだのはラツィオ。ローマがいい攻撃を何度か仕掛けたタイミングで、一気にプレッシャーを強めてスイッチを入れた。そこから中盤の3センターに加えサイドバックに対する適切なチェイシングによって、ボールをCBに蹴らせることに成功。最も攻撃と守備を繋ぐ仕事を担っていたローマの心臓、デ・ロッシには対面したオナジによって特に強烈なプレッシャーをかけることによってローマを分断した。

2013/4/9 Roma vs Lazio

更に攻撃をしっかりと抑え込むと、そこからサイドで攻撃を仕掛けることによって3センターで弱点となるサイドを切り崩した。更に、クローゼをサイドに流すことによって中央へのマークを軽減。カンドレーヴァのカットインを警戒させれば、薄くなった中央でエース、エルナネスが躍動する。先制点となったゴールでも、エルナネスへの中央でのマークはかなり軽減されてしまっていた。

2013/4/9 Roma vs Lazio

前半はラツィオが優勢を保つ。右サイドのカンドレーヴァの突破力に加え、長いボールで的確に左右の薄くなったエリアを切り崩すと中央を狙う。トッティ、ラメラのコンビによってローマも何度もロングボールをキープして反撃の糸口を探すも見つからず。しかし、アンドレアッツォーリも単に手をこまねいているだけではなかった。

ラツィオが得たPKを外したタイミングを好機と見たアンドレアッツォーリは、恐らく怪我か何かの影響もあっていつものようなプレーが出来なくなっていたデ・ロッシに代えてFWデストロを投入。ピアニッチを中盤の3センターに落とし、ブラッドリーを中央に戻すと試合は一転してローマのペースに。積極的に縦パスをカットしようとするラツィオの守備に対し、ピアニッチが左右にボールを動かし始めたことによって、ラツィオの守備が走らされて崩れる場面が増えていく。それによってピアニッチとフロレンツィが高い位置へと飛び出していく場面が増えてくると一気にローマが活性化。ラメラ、トッティに対するサポートの増加によって攻撃は大きく危険なものへと変化する。すると、ローマに決定機が訪れる。奇しくもピアニッチの飛び出しをエルナネスが倒したことで得たPKでトッティがゴールにねじ込んでローマサポーターを沸かせる。ここでラツィオはエースストライカーであるクローゼに代えて、より身長とパワーで勝るコザクを投入。チーム全体の疲れも考えて、カウンター時にボールを収めてくれるようなプレーをさせようとした。

そして、ここでまたも勝負の女神は気まぐれを見せる。ラツィオのピアーヴァが2枚目のイエローで退場すると完全にローマとしては流れを掴みとったかに見えた。しかし、ここでペトコビッチが見せたのは妙手。1ボランチとして中盤の底を支えていたチームの心臓であるレデスマを躊躇無く切り、オナジとエルナネスのダブルボランチに変更する。こうすることによって、ラツィオとしては低い位置で中盤によるプレッシャーをかけていくことが出来た上に攻撃で脅威となるエルナネスをピッチに残すことが出来たのである。もちろんアンドレアッツォーリも黙ってはいない。右サイドを走りまくっていたフロレンツィを下げると、一気に仕掛ける。右SBに攻撃的なドドを入れると、マルキーニョを高い位置に。これによって3センターというよりもマルキーニョの飛び出しを生かす3トップに近いような形に。サイドバックを高い位置に押し上げ、何度もサイドで数的有利を作って攻撃のチャンスを増やしたが試合はここまで。お互いに手の内を全て見せ合うような試合は引き分けで幕を閉じた。

この試合で最も見応えがあったのは両指揮官のカードを切るタイミングと「流れ」という目に見えないものの使い方である。もちろんフットボールには「流れ」というものがあり、それは一つのミスや一つの選手交代でいとも簡単に一変してしまう。ラツィオのペトコビッチ監督は、自ら最初の戦術によって主導権を掴んでおいて相手の流れになった時にそれを上手く途切れさせるような交代で試合を上手く運んでいった。まずは「同点に追いつかれた時」。次に「選手が退場した時」である。敵に流れが来るタイミングを適切に区切っていくことによって、不利な流れでもチームを落ち着かせていった。

逆にアンドレアッツォーリの交代にはメッセージ性がある。「流れが来る」と思えば迷いなくカードを切り、そのカードの切り方によってチームに大きなメッセージを与えていくのだ。「ラツィオがPKを外した時」に1枚目のカードを切って「ラツィオの選手が退場した時」に2枚目を切った。慎重にゲームを見極めながら、勝負となれば大胆に。キャラクターがわかりやすいカードの切り方によってチームの攻撃方向を明確に示し、吹きかけた風を一気に呼び込む。

2人のやり方には性格の差が出ている部分もあるだろう。ペトコビッチは先手を打って仕掛け、起きる可能性のある偶然に対しては動かしながら対処していく。アンドレアッツォーリは逆だ。劣勢になってしまっても焦って動くことはせずに静かに時を待ち続け、適切なタイミングと見ればその偶然を利用しながら仕掛ける。どちらが上ということは言い切れないが、「主導権を取ることに重きを置く」指揮官と「絶対にやってくる主導権が取れたタイミングで一気に仕掛ける」指揮官の違いであるのだろう。しかし、この謀略戦において恐らく勝利したのはペトコビッチである。ラツィオは木曜日にも試合をしている重い身体で、エルナネスがPKを外し、更に1人が退場するという不確定要素に苦しみながらも強烈な攻撃陣を誇るローマの猛攻に耐え抜いたのだから。切ったカード自体はタイミングも完璧だったし抜群に効果を発揮したものの、ローマの仕掛けは若干ではあるが遅すぎたような印象を受けた。更にタイミングが適切過ぎたが故に、それに合わせるカウンターパンチのようにラツィオも交代出来たという点も忘れてはならない。

試合後にifについて考えるのもサッカーの醍醐味だ。あくまで個人的な意見ではあるが、ラツィオに対してアンドレアッツォーリがどこかのタイミングで先手を取って仕掛けることが出来ていれば(1つ具体的に言うとすれば後半開始と同時にデストロ、もしくはドドというカードを切っていれば)もしかしたら「試合の流れ」はより早い段階でローマに向いていたかもしれないと思ってしまうのである。アンドレアッツォーリの正確過ぎるタイミングの交代が、逆にラツィオが守勢に回らなければならない時間帯を短くしてしまった。フットボールはたった90分しかないということも忘れてはならないのである。

この試合は、フットボールの色々な面白さを凝縮した試合であったように思えた。平日の深夜なので見ることが出来なかった人も多いだろう。だからこそ試合を生観戦出来なかった皆様には是非、再放送を見る機会があれば観戦をおすすめしておきたい。このコラムがその観戦においてツマミにでもなってくれたら、筆者にそれ以上の幸せはない。

2013/4/9 Roma vs Lazio


筆者名:結城 康平
プロフィール:サッカー狂、戦術オタク、ヴィオラファンで、自分にしか出来ない偏らない戦術分析を目指す。
ツイッター:@yuukikouhei

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