アッレグリがつき、モウリーニョがこねし天下餅、座して食らうはハインケス

元イングランド代表のストライカーとして活躍したゲイリー・リネカーはこのように述べたことがある。

「フットボールは単純だ。22人がボールを奪い合い、最後はドイツが勝つ」

試合前、バルセロナ不動のCBであるジェラール・ピケはこの言葉を引用しながら難敵であるバイエルン・ミュンヘンに対して攻撃的にも取れるメッセージを叩きつけた。

「フットボールで最後にドイツが勝つ時代を終わらせたのが、バルセロナだ。我々はそれを証明する」

攻撃的な台詞を叩きつけるだけの自信がFCバルセロナには漲っていた。それは当然だろう。相手を翻弄する華麗なポゼッションフットボールによって、数年間に渡り常にヨーロッパの「本命」であり続けたチームに充満する空気は他のチームとは違うものだ。そんなヨーロッパ最強クラスの強豪を相手取るにあたって、バイエルンの指揮官ユップ・ハインケスは冷静に準備を進めていた。バルセロナ研究は、今季様々な監督によって行われてきた。特にマッシミリアーノ・アッレグリがACミランを率い1stレグで大番狂わせを演じた際に使用した戦術が1つの雛形になっており、「銀河系軍団」の長であるジョゼ・モウリーニョはこれを応用することによってバルセロナを粉砕してみせた。ユップ・ハインケスが、これに目をつけないはずもなかった。常に相手に対するリスペクトを欠かさない落ち着いた老指揮官の強みは、この柔軟な適応能力にある。トリノの地で、周到な下調べによって老貴婦人を口説き落としたように、ユップ・ハインケスは周到な準備によって「アッレグリが生み出し」「モウリーニョが改良した」戦術を当然のごとく見つけ出してしまった。そして、細かな調整を加えて作り出されたバルセロナ対策は「バイエルンの選手たち」だからこそ可能になる恐ろしい武器となって襲い掛かったのである。

まずはバルセロナが、ティト・ビラノバ就任後基本とするパターンについて説明しよう。基本となっているのは、四角で囲われているエリアでのパスワークによる崩しになっていて「バルセロナの根幹」を司る「ブスケツ、メッシ、シャビ、イニエスタ」という4人によって中央での数的有利が作られていく。イニエスタやメッシは積極的に外に流れていくものの、攻撃の開始となるのは中央のエリアでポジションチェンジを繰り返しながら細かく繋がれていくボールである。更に中央でパスが回り始めれば、ウイングがサイドバックを引き連れて内側に入っていくようなフリーランを実行。空いたスペースにスルスルと上がってきたサイドバックで外を使うことも出来る。全てが戦術的に考えられた崩しと言うよりは、長い時を共に過ごしてきたバルセロナの選手たちにとって最も応用が利きやすく攻撃しやすい形であったのではないだろうか。ある意味では、バルセロナが最も好む形。「このパターンを逆に利用して組み立てをコントロールする」というアイディアをアッレグリが提案した。そして、モウリーニョがそこに加えたのは「無理に一発でボールを奪って、カウンターを狙う必要はない」という発想である。リスクがあったとしても、アッレグリがACミランの攻撃陣で「点を取る」ために縦パスを引き出してからの一撃必殺のカウンターにこだわった一方、潤沢なタレントを擁するレアルであればバルセロナの攻撃のリズムを崩してしまえば「いくらでも」攻撃の選択肢はあったからだ。

Bayern vs Barcelona

ハインケスも、バイエルンの攻撃陣であれば無理にリスクをかけすぎる必要はない事を理解していた。中での崩しにワンテンポ置くようなパスを何本か繋いでくることを読み切っていたバイエルンは、どの選手が中盤の底に落ちても慌てずに「残り3人のパスコース」に執拗にプレッシャーをかけるようにバルセロナのリズムを崩していった。

更にミランやレアルのように「危険になるメッシへのパスコースを切りながらDFラインを高めてパスカットを狙っていく」だけに留まらず、パスカットを狙うことで瞬間的に相手の判断を遅らせると迷いなくバルセロナの選手に身体をぶつけるようなアタックを仕掛けてボールを奪い取ってしまったのだ。ハビ・マルティネスとシュバインシュタイガーの守備は間違いなく「お金を払って見る価値がある」レベルであった。イニエスタがボールを失うことだけでも欧州サッカーファンからすれば「驚き」だった。またそれだけでなく、WGにボールが入ってきた際にはSBが全速力で身体をぶつける事によって「サイドは危険だ」というイメージをバルセロナに植え付けてしまった。

こうなってしまえば、ただでさえ中央で繋ぎたがる傾向があるところで更にそれが顕著になってしまう。そういったときに最も頼りになるメッシの不調もバルセロナの停滞に拍車をかけていった。これほどに圧力をかけながらも中央でボールを繋ぎながら支配率を保ってみせたバルセロナには「見事」としか言いようがないが、もう少し広くボールを動かすような切り替えや、裏に深みを作るようなFW投入といった工夫が出来ていればバイエルンをもう少し嫌がらせることが出来ていたのかもしれない。ある意味では、ティト・ビラノバは重要視していた「選手たちの能力面」に頼り過ぎてしまった面もあったのかもしれない。

Bayern vs Barcelona

更にそれだけでなく、守備が上手くいけば必殺のカウンターが何度も牙を剥いた。サイドからの崩しにも迫力があり、ただボールを蹴り出すだけでなく繋ぎながら押し寄せるようにゴールに一直線に迫っていくカウンターでバルセロナを苦しめると、空中戦での高さのミスマッチから2点を先制。ピケを避けながらカウンターで更に2点を加点する徹底ぶりで無理せずに「4点」を奪い取ってしまった。ボールを持っていれば「安全をある程度保てていた」だったはずのバルセロナにとっては最も嫌な取られ方である。もちろん、CBに若手バルトラを起用せざるを得なかったチーム事情やメッシの不調がバルセロナを苦しめたことは事実である。しかし、それでもバイエルンという「世界一走るチーム」によって達成された「バルセロナ封じ」は圧巻と言わざるを得ない。

バイエルンも決して簡単に「世界のトップクラス」に舞い戻った訳ではない。経営面での成功に加え、バルセロナと同じように「育成」に力を入れた長期プランを作り上げたことで、1つ1つ積み上げるようにチームを作ってきた。4点全てに絡んだトーマス・ミュラーは10歳からバイエルンユースに所属する「生え抜き」でもあるのだ。また、フランス人である天才肌のMFリベリ、オランダ人のWGロッベンといった「ゲルマン魂」を持たないはずの選手ですらハインケスの指揮下ではドイツ人のように勤勉に、労を惜しむことなく走り続けた。ハインケスとリベリは示し合わせたように言う。

「我々はこの試合だけでなく、シーズンを通して圧倒的であり続けた」
「僕らバイエルンは今季1試合たりとも手を抜いていない」

「ピッチ内外に渡る継続」という強さと「相手をリスペクトした上で対策を練る」謙虚さ、そして復権した「ゲルマン魂」を持ったバイエルン・ミュンヘンはドイツの地で世界最高のポゼッション・フットボールを相手にしながら「いつものように」プランを実行した。

これが「最強バルセロナ」の時代にとって1つの分岐点になったとしたら、数十年後に語り継がれている試合になってもおかしくない。同時に、研究されたバルセロナが久しぶりに出会った強敵によって更なる進化を遂げる可能性も残っている。何にしても、世界の分岐点になりかねないゲームが「ミュンヘン」の地で行われたのは事実なのだろう。

最後に、今回のタイトルはミュンヘンという街の標語から抜粋させていただきました。


筆者名:結城 康平
プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
ツイッター:@yuukikouhei

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