ジョゼ・モウリーニョとデイビッド・モイーズ。この先のプレミアリーグ、そして世界のフットボールを牽引するであろう2人の指揮官は、偶然にも同じ1963年に生を受けた。生まれた日も3カ月ほどしか離れていないこの2人の指揮官が、オールド・トラッフォードという「特別な地」で再会を果たすこととなったのはただの偶然なのだろうか。

カリスマ性と圧倒的な実質を持ち、様々な国で数多くのタイトルを勝ち取った「貪欲な成功者」ジョゼ・モウリーニョに比べると、イングランドで堅実に叩き上げてきたデイビッド・モイーズにはそこまでの派手さはない。実際、イングランドでもサー・アレックス・ファーガソンという「生ける伝説」の後を継ぐという大役を任されるということに対して、不安の声も少なくなった。イングランドのタブロイド紙であるミラー紙が、「#Moyesout」というハッシュタグを作って日本でも行われたプレシーズンで結果を残すことの出来ない昨年の王者を痛烈に皮肉っていたように。

それでも、開幕戦のスウォンジー戦で見せたデイビッド・モイーズのフットボールは、我々に「王者の風格」を感じさせるには十分だった。もちろんジョゼ・モウリーニョが率いるチェルシーも順当なスタートを切ったが、前評判が悪かった分マンチェスター・ユナイテッドのインパクトは非常に大きかったと言えるだろう。

ポゼッションを得意とするスウォンジーを完膚なきまでに打ち破ったことで、同様にボールを持つ攻撃で連勝を飾っていたチェルシーとの試合はより興味深いものになった。ジョゼ・モウリーニョがスペインで学んだ最新のフットボールで試合をキッチリと支配するのか、デイビッド・モイーズがその青い羽根を容赦なくもぎ取ってしまうのか。

さて、まずはチェルシーの組み立てのスタイルについて簡単に整理してみることにしよう。最近は常識となっていように、センターバックが広く開いてボランチが下りてくることになる。ラミレスかランパードのどちらかが下りてくると、もう1枚は流れで高い位置まで上がっていく。こうなると組み立てに絡む人数が減ってしまうように思えるが、ボランチが上がったことで出来たスペースにトップ下のオスカルや右サイドのデ・ブライネが下がってくることによって、流動的に中盤がボールを繋いでいくことを可能にするのである。

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図のようにアザールも中寄りのポジションを取るので、相手のボランチはランパードとアザールに引き付けられて前に出てくることが出来ない。こうなってしまえば、コンパクトな距離感を保ちながらチェルシーが保有するアタッカー陣が高い位置を取って暴れ回ることになってしまう。「コンパクトにしながら複数枚が中央になだれ込んでいく」のが新しいチェルシーのコンセプトで、ボランチの位置を崩してCBが引き出されればFWも仕事をしやすくなる。

では、このフットボールをどうやって封じるかということになる。デイビッド・モイーズは前線からのプレッシャーによって「そもそもこの形を作らせない」という選択に出た。当然このようにCBが開いて、ボランチが下がってくるような形を作ろうとした場合、何本か後ろでパスを回して時間を作らなければならない。ここで仕掛けたのがファギーによって育てられた「労働者」たちであった。

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チェルシーのDFラインに4枚がついているような形を作り、特にサイドバックに厳しくプレッシャーをかけてボールを持つ時間を与えないことによって、組み立てのために形を作る時間を与えない。ポゼッションの時間は奪われ、チェルシーはセンターバックの間で上手くボールを繋いで押し上げていくような余裕はほとんど与えて貰えなかった。また、非常に印象的だったのは稀に3枚を前線に残していくような形式を作って相手の組み立てをコントロールしていたことだ。スウォンジー戦でもこの形は何度も見られたが、これはある意味で相手に「釘を刺す」ようなプレッシャーである。

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絶対にボールを奪われてはならない上に、カウンターの危険もあることを考えると、DFラインの組み立ては「相手の前線の枚数より1枚」は多くしておく必要がある。つまり3トップを前線に残していく素振りを見せられると、チェルシーが得意とする「ボランチとセンターバックで3枚を作る」前述した形を作りづらくなってしまう。また、例えば図の状況では、ウェルベックとルーニーがいて数的有利を作られている右サイドは崩しにくい状態であることから、コールを下げてそこにボールを動かしていく方向に誘導されてしまうのである。これがデイビッド・モイーズになってマンチェスター・ユナイテッドにもたらされた「ポゼッションを誘導するように形を変えていくフォアプレス」なのだ。3トップの形を見せることで、ボールを持っていなくても相手にメッセージを送って駆け引きをしていく。新しいマンチェスター・ユナイテッドがこのシステムをどう構築していくのかは非常に興味深いし、もしかしたら欧州戦線で再び結果を残す鍵となるのかもしれない。

このように終始チェルシーの組み立てを妨害して誘導し続けたことによって、彼らに余裕を持ってボールを持たせることはなかった。チェルシーが取り組んでいたフットボールを見事に「破壊」してみせたのである。しかしそれでも、愛するチェルシーに帰ってきた「ハッピー・ワン」ジョゼ・モウリーニョは一味違った。恐らく彼は「マンチェスター・ユナイテッド」というチームの怖さについて最も良く知っていた。だからこそトーレスやルカクといった選手をスタメンで使ってスピーディーな撃ち合いを選ぶのではなく、シュールレを使って相手の土俵ではない「ゆったりとしたゲーム」に持ち込もうとしたのだ。ジョゼ・モウリーニョは「勝てない場合は負けないサッカーをしろ」と試合前に選手たちに伝えたことを認めており、「勝てなくても負けない」プランをも用意していたという点では流石と言わざるを得ない。実際、あれほどに組み立てを妨害され、セカンドボールを次々と奪われることになってもテリー、ケーヒルを中心としたDFラインに焦りが見えることはなかった。マンチェスター・ユナイテッドというチームを評価しているからこそ、彼らはラインをあまり上げ過ぎずに速攻に対処し続けた。イヴァノビッチを中央に入れることで、テリーやケーヒルの思い切った守備が可能になっていたという点も大きいだろう。

デイビッド・モイーズの手荒い挨拶に対し、ジョゼ・モウリーニョは敬意を示しながらもしっかりと結果を拾ってみせた。叩き上げの指揮官が送った「王者」としてのメッセージは、イングランドに帰還した「天才」ジョゼ・モウリーニョを喜ばせたことだろう。彼が望んだ「面白いフットボール」がマンチェスターの地で見つかったのだから。これからも彼らは最大のライバルであり続けるだろうし、きっと談笑するようにお互いの意志を込めたチームをぶつかり合わせていくのだ。


 

筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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