11人と11人が対戦するフットボールというスポーツにおいて、どの程度1人1人の選手に計算が出来るかという部分は非常に重要だ。常に駒の動きが変わらない将棋のようなボードゲームとは違って、11人の異なった人間を扱わなければならない指揮官は、偶発的に発生する多くの不確定要素を処理することが求められることになる。

そして、トップクラスであっても「計算出来ない」選手というのは存在する。特にそういった選手が問題となりやすいのは守備の局面で、守備を献身的にこなすこともあれば、前線全く戻って来ないこともある。そういった意味で、指揮官としては予想が難しいのだ。

指揮官にも2つのタイプがいて、そういった不確定要素になりかねない選手でも積極的にチームに取り入れようとするタイプとしては、ペジェグリーニやヴェンゲル、ファン・ハール、ブレンダン・ロジャースなどが挙げられる。彼らはプレーが多少不安定な選手達でも状況に応じて積極的に起用することで、勝負を計算の出来ないものにすることが上手い。攻撃陣に豪華な戦力を置いてバランスが崩れるような状況も、撃ち合いで勝てると見れば厭わない。そういった采配は、目に見えない「流れ」のようなものを呼び込むこともある。

例えばオランダ代表において、指揮官ファン・ハールはファン・ペルシーとロッベン、スナイデルの攻撃陣を高い位置に置くことに拘ることで、彼らの不確定的な「個人能力」でスペイン代表の守備を攻略することに成功した。前線が攻撃に集中することで薄くなる守備には5バックを採用するなど、攻撃陣の不確定要素を生かし切るためにチームを作り上げることもある。

逆に、こういった指揮官は、不確定要素が機能しきれない時に弱い傾向にある。選手個々のコンディションに依存する面が大きいため、長期戦を若干苦手としているという点も考慮しなければならない。人と人との組み合わせのようなものは繊細に個々のパフォーマンスにも影響するため、1人の調子が崩れることがチーム全体に影響することも少なくない。現在のリバプールやマンチェスター・シティが安定して勝ち点を積み上げられていない原因の1つはここだろう。

一方でジョゼ・モウリーニョやペップ・グアルディオラ、カルロ・アンチェロッティなどは、より緻密に不確定要素を減らそうとするタイプだ。チームとしてのダイナミズムを重視するためにズラタン・イブラヒモビッチやマンジュキッチを切ったペップや、フアン・マタを切ったモウリーニョを見れば解るように、彼らは指揮官として能動的に不確定要素を減らす方向に舵を切る。個々の選手に明確な役割を求めることによって、不確定要素を減らして「ある程度計算が出来るようにコントロールをすることが可能である」というメリットがある一方で、過度なパターン化が選手の良さを殺してしまうリスクは常に付きまとう。ある意味では、使える選手が多いビッグクラブ故に可能なやり方である、とも言えるかもしれない。

どちらのタイプの指揮官であっても、常に「不確定要素」と向き合うことからは避けられない。それはある意味でフットボールの面白さであり、残酷さでもあるのだろう。本コラムでは、熱戦となったマンチェスター・ダービーを題材に、ヤヤ・トゥーレとマルアン・フェライニという2人の「計算出来ない」選手達を互いの指揮官がどう扱おうとしたか、そしてそのアプローチの違いがどのように結果に繋がっていったかを考察していきたい。

ファン・ハールのアプローチ

マンチェスター・ユナイテッドは、チェルシー戦から続いて3トップを採用。決勝点を決めたベルギー代表MFマルアン・フェライニをボランチの一角に起用し、比較的攻撃的な11人を揃えた。チェルシー戦では、所謂ネガティブ・トランジション(攻撃から守備への切り換え)においてセスクとワイドアタッカー陣の戻りが若干遅くなるところを狙い、両翼が積極的に上がるカウンターで中盤の要、フィジカルではプレミア屈指のマティッチを避けるように届かない逆サイドへ速い段階で展開していく攻撃でチャンスを作り出したように、狙いは両翼を広く使ったカウンターかと思われた。

しかし、ファン・ハールの選んだ戦術はチェルシー戦以上に積極的なものだった。

フェライニを高い位置、中盤の底となる選手へのプレッシャーに使う。そして、上がって行くヤヤ・トゥーレをルーニーにマークさせようとしたのである。中央が薄くなってしまうところを、ヤヌザイとディマリアを中央に絞らせる意識を持たせることでカバーし、空中戦に強いフェライニを前線に残すことが狙いだった。これはオランダ代表やQPR戦などでの戦術にも共通するところがあり、相手のボランチを取り囲むようにマークすることによって「相手の攻撃を単純化させる」狙いがある。(参照:【コラム】ファン・ハールの仕込む「マジック・ダイヤモンド」とは。守備編。

守備面でのポジショニングに難があるフェライニを前に残しながら、攻撃に残る枚数を残す。考え方のアプローチとしては納得のいかないものではない。しかし、チェルシー戦と比べると、よりリスクのあるやり方を選択したことは間違いない。ある意味でファン・ハールらしい、大舞台でのリスクを厭わない戦術。他者とは異なる感覚が、偏屈なオランダ人指揮官の武器でもある。

上の場面は9分。高い位置に置いたフェライニの空中戦を生かそうという場面だ。空中戦をそこまで得意としないファン・ペルシーではなくフェライニの頭に合わせること、更に相手のサイドバックとフェライニを競らせることで高さのミスマッチを作り出し、攻撃の起点としようとしている。

同様の場面が13分にも見られる。ディマリアのキック精度を生かして、フェライニとファン・ペルシーがあえて被るように入っていくことで守備陣を乱そうという狙いだ。こういった攻撃面では、ある程度チャンスを作り出すことにも成功していた。

しかし、1つの問題となったのが相手のキーマンであるヤヤ・トゥーレが取り囲みたい位置より前に出て行ってしまったことだ。ここをルーニーに任せようとファン・ハールは考えていたようだが、献身的とはいってもルーニーはあくまでFW。不確定要素を複数同時に取り入れるリスクが、マンチェスター・ユナイテッドに襲い掛かる。

画像を見れば一目瞭然だが、既に前半5分でフェライニとルーニーは、ヤヤ・トゥーレを取り逃がしてしまっている。ブリントもマークしている選手がいたことから、ヤヤのマークに向かうのが遅れてしまっており、非常に危険な状態と言えるだろう。

上の画像と比べてもらえれば解りやすいが、取り囲んでいる距離感にも違いが見られる。下の画像では、ヤヤを取り囲んではいるものの、プレッシャーを与え切れる距離感ではない。このように、徐々にマンチェスター・ユナイテッドの前線はヤヤ・トゥーレを捕まえきれなくなっていった。

更に悪いことに、時間が過ぎるごとにフェライニが高い位置に出て行ってしまい、ルーニーとディマリアはこの14分の場面のように、守備に戻ることが増えたことによって彼らの攻撃力が制限されるような状況になってしまった。それに加え、ブリントが極端に右に寄ってしまっている。これはシティの攻撃スタイルにも関連するので後述するが、バランスが崩れているのは解るだろう。

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