「ファンタジスタ」

1990年代、ロベルト・バッジョの活躍とともに一気に日本のサッカーファンの間に浸透したこの言葉は、それ自体が大きな意味を持つ一方、どこか空虚で、幻想的な響きを持つ。それはサッカー漫画のタイトルでもあり、日常生活での汎用性の高さからサッカーファンではなくてもよく知られている。

ただ、日本でのイメージとして、「ファンタジスタ」というのは単に「技術的に優れ発想力の豊かな選手」ではない。なぜなら、「ファンタジスタ」に「完璧さ」は求められないからだ。

バッジョのイメージとともに形作られた“ファンタジスタ像”。極上のボールコントロールにゴールを生み出すための閃き、大舞台での活躍など要素は様々だが、そこにはさらに短所といえる部分までもが含まれることが多い。フィジカル的な強さや速さはそれほど必要なく、サイズもどちらかというと小柄。さらに、人によっては悲劇性といった要素まで求められることがある。

バッジョの登場からしばらくして活躍が目立ち始めたアスリート系の名選手たちは、そういった意味で割を食ってしまったと言えるかもしれない。「ブラジル代表選手がW杯で決めたトゥーキックでのゴール」も、2002年のロナウドと2014年のオスカルではどこかとらえ方が違うような印象だ。

そして、ティエリ・アンリである。先日現役引退を発表したフランス代表アタッカーもまた、20年に渡るプロサッカー選手としてのキャリアにおいて、「ファンタジスタ」という言葉とはまったく無縁であった。

では、アンリは「ファンタジスタ」ではなかったのか?

引退に際して改めて沸いた疑問とともに、彼の創造性あふれるプレーを振り返ってみたい。

アンリのゴール集には大体入っている、2005年10月18日のCLスパルタ・プラハ戦でのスーパーゴール。

アウトサイドにかけてファーポストを巻いた見事なシュートに目が行くが、トラップこそ変態的。ヒール付近でどうやってボールの勢いを殺したのだろうか。

ヨハン・クライフを真似た有名なトリックPK。

相方ロベール・ピレスの空振りにより未遂に終わったものの、“計画”を主導したアンリの自由な発想と大胆な行動力により、「こんなPKアリなんだ!」という事実を改めて世界に知らしめた。(PKを蹴る上で一番大事なことは、キーパーの読みを外すことである)