指導者のスタートはメキシコ

指導者としてのグアルディオラのキャリアは、2007年にバルセロナBでスタートした。正式には、だ。実際の所は、既にプロチームの練習を見た経験があった。

カタールのアル・アハリと契約が満了になった後、選手として一度現役を引退したため、指導者としての教育コースを受講し始めた。

しかし、冬に彼はピッチへと戻ることに決めた。そして新しいクラブの1つであったメキシコのドラドス・デ・シナロアでプレーした。

これはなぜか? というのは、グアルディオラは、当時ドラドスのコーチを務めていたフアンマ・リージョを賞賛してきたからだ。そして、彼のメキシコへの移籍は、直接彼から学ぶという機会を意味していた。

ドラドスでは練習にノートを持って挑み、リージョのトレーニングの全てを書き記していった。

グアルディオラはさらにリージョによって相手チームの研究を任され、技術的、そして戦術的な考えを説明するため、セッションでは選手を相手にミーティングもしたという。

フアンマ・リージョ

「私は、彼が偉大なコーチになる事を知っていたよ。ペップは他とは違っていた。普通は選手が終わった後に指導者になり始めるが、彼はプレーしていた時からコーチになる時を待っていた」

グアルディオラが試合のメンバーに入らなかったとき、リージョは彼をスタンドではなくベンチに座らせた。

リージョが座っているにもかかわらず、選手であるグアルディオラが立ち上がってタッチライン際で怒鳴っているのを見ることも、決して希なことではなかった。

そして、リージョがアルメリアの監督に就任した後、バルセロナは8-0で彼らを破った。リージョはこの後に解任されている。

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