2008年の北京五輪で10番を背負った梶山陽平(アルビレックス新潟)が現役引退を発表した。

そこで今回は、28年ぶりに五輪出場を果たした1996年アトランタ大会以来、6大会で日本代表の「10番」を背負った選手たちを振り返ってみよう。

1996年アトランタ五輪 遠藤彰弘

遠藤彰弘

アトランタ五輪は前園真聖、中田英寿の二枚看板が話題となったが、「10番」を与えられたのは鹿児島実業時代から「遠藤三兄弟」の次男(遠藤保仁は実弟)として知られた遠藤だった。

大会ではグループ初戦でブラジル代表を下し“マイアミの奇跡”と讃えられたもののグループステージで敗退することに。五輪サッカー史上初めて、2勝しながら突破を逃すチームとなってしまった。

遠藤は2005年まで横浜F・マリノスに所属し、その後はヴィッセル神戸へ移って2007年まで現役でプレー。2001年に日本代表候補に選ばれたが、A代表としての出場はなかった。