日本体育大学学友会サッカー部時代

――そのエスペランサで“サッカーのいろは”を学び、日大藤沢高校を経て、日本体育大学へ進みました。日体大はサッカーをする上でどんな環境でしたか?

大きく分けて3つ感じたことがありました。

一つは、「アスリート養成所」というイメージを僕は日本体育大学に対して持っていたんです。両親や祖父母が日体大出身で親戚にも日体大関係が多かったのでいろいろ話を聞いていました。

アスリートがたくさんいるイメージでその中で揉まれたいという期待を込めて行ったんですけど、実際に入ってみたらアスリートではない学生たちも結構いました。日体大が様々なスポーツに関わり始めたこともあるのですが、「一般の人もたくさんいるんだな」というのは感じました。思ったよりもアスリートが少なかったです。

もう一つは、レスリングで世界1位とか、オリンピックに出場したとか、様々なスポーツの選手がたくさんいたんです。でも、彼らも競技ではすごいけど、私生活はわりと普通の大学生なんだなというのはすごく感じましたね。

最後は、指導者一人一人のクオリティがめちゃくちゃ高いこと。自己紹介でさらっと「オリンピックのメダリストです」といった感じで、“本物”ばかりだったんです。僕のゼミの先生はアーチェリーで2度のメダルに輝いた山本博さんでした。

――大学のチームはJリーグクラブに対してたびたびジャイアントキリングを起こしています。大学サッカーならではの強みはどんなところにあると感じましたか?

やはり、体力があることだと思います。練習時間は日本サッカー協会の決まりで「練習は1日2時間」となっているので、日体大も練習は2時間でした。それは今のエスペランサでも変わりません。

ただ大学の場合、指導者が「まだ若いから走れるだろう」という前提でメニューを組みます。チームとしても走れる・走る前提でみんなが鼓舞し合うので、逆を言えば走らなければ置いてかれるんです。だから必然的に走れるようになりますね。