DF:沢田謙太郎

1992年度卒

1995年にJリーグ参入を果たした柏レイソルでの活躍が印象深いDF。

当時、加茂周監督率いていた日本代表で4試合に出場。1999年に移籍したサンフレッチェ広島でも主力を担った。

引退後は広島で長く育成年代の指導者を務め、2021年10年に城福浩監督が退任した際はトップチームの監督も務めた。現在の役職はアカデミー部長。

MF:永木亮太

2010年度卒

画像3: (C)Getty Images
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中学・高校は川崎フロンターレのアカデミーに在籍。中央大学を経て2011年に湘南ベルマーレへ加入すると、1年目からレギュラーとして活躍した。

翌2012年に就任した者貴裁監督のもとでさらなる成長を遂げ、2016年には日本代表へ招集。

鹿島アントラーズで6年間プレーした後、2022年に湘南へ帰還。昨季途中から名古屋グランパスへ期限付き移籍したものの今季は湘南へ復帰している。

MF:中村憲剛

2002年度卒

画像4: (C)Getty Images
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中央大学出身のJリーガーといえばこの人を思い浮かべる人も多いはず。

大学4年次にキャプテンとしてチームの1部復帰に貢献すると、2003年に川崎フロンターレへ加入。日本代表として南アフリカワールドカップに出場するなどピッチ内での活躍に加え、ピッチ外でもクラブのフィロソフィーを体現し「バンディエラ」と呼ばれた。

川粼一筋のまま2020シーズン限りで現役を引退。現在は川崎のFROや日本サッカー協会のロールモデルコーチ、解説者など多忙な日々を送っている。今年、S級コーチ養成講習会を受講予定。

MF:小城得達

1964年度卒

名前の読みは「ありたつ」。鎌田光夫と同じく1968年メキシコ五輪で日本が銅メダルを獲得した際の主力メンバーだ(※上記動画では逞しい背中がチラリと映る9番の選手)。

当時のスター選手の一人で、身長178cmの引き締まった身体に高い技術を備え、FWからDFまでどこでもこなせる日本歴代でも屈指のオールラウンダーだった。

現役時代は広島出身ということもあり東洋工業一筋。引退後は同チームの監督や広島県サッカー協会会長などを務め、2006年に日本サッカー殿堂入り。2017年には旭日双光章を受章している。

MF:金田喜稔

1979年度卒

「キンタ」の愛称で知られた80年代の日本最強ドリブラー。

高校まで過ごした広島で徹底的にドリブル技術を磨き、中央大学へ進学。2年次に早くも日本代表へ招集され、1977年6月の韓国戦でデビュー。いきなり初ゴールを決めてみせた。19歳119日はいまだに日本代表の最年少得点記録だ。

大学卒業後は日産自動車でプレーし、Jリーグ開幕を前にした1991年に現役を引退。その後は解説者に加えサッカーの普及や指導の現場で活躍している。

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