中田 英寿

通算25試合(計2137分プレー)

20歳だった1997年5月に加茂周監督のもとで日本代表デビュー。

1998年W杯後に当時世界最強だったセリエAへと渡った日本が誇るレジェンドであり、トルシエ政権下でも攻撃の軸に君臨した。

2001年のコンフェデレーションズカップでは、当時スクデット獲得に迫っていたローマとの間でヒデの代表活動をめぐる衝突が勃発。ヒデは雨の中行われたオーストラリアとの準決勝で決勝のフリーキックを決めたが、ローマに帰還したためにフランスとの決勝戦は欠場した。