サッカー界でザンビアという名前が出る機会は皆無に近かった ――そう、2012年1月、ガボンと赤道ギニアの共同開催で行われたアフリカネイションズカップで優勝するまでは。

アフリカ大陸南部に位置するザンビア共和国。

熱帯性気候に属し、国土は日本の約2倍で人口は1,347万人(2011年)
イギリス連邦加盟国であり、公用語は英語
1970年に駐ザンビア日本大使館が開設され、日本はザンビアにとって主要援助国のひとつ(外務省のHPより)
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・代表チームを襲った突然の悲劇

ザンビア代表について話すならば、 1993年の悲劇的な事故を抜きにする訳にはいかない。

ワールドカップ・アメリカ大会の予選を戦っていたザンビア代表チームは、1993年4月28日、空軍が用意したチャーター機に乗り敵地セネガルへと向かった。

しかし、途中燃料補給のために立ち寄ったブラザヴィルでエンジンの問題が発見されながらも飛び続けた結果、機体はリーブルヴィル空港を離陸した直後に発火事故を起こしてしまう。

発火したのは左エンジンであったが、操縦していたパイロットは誤って右エンジンを停止してしまい、飛行機の推進力が全て消失。高度500メートルからガボン沖の海中へと墜落していった。

乗員5名、乗客25名の全員が死亡。そのうち18名が当時のザンビア代表選手であった。

当時オランダのPSVでプレーしていた伝説のストライカー、カルシャ・ブワルヤ氏は現地で合流する予定となっていたため難を逃れたものの、大半の戦力を失ったチームはワールドカップ出場を逃す。

その3年後に行われたアフリカネイションズカップでは3位という結果を残すも、その後は低迷。サッカー界の檜舞台からザンビアの名は消えた。