2010年、当時アメリカのアクロン大学の監督だったケイレブ・ポールター(現ポートランド・ティンバース監督)はジャマイカでマトックスを視察した際、すぐにその圧倒的ポテンシャルに気付いたという。

「5分で彼が特別だと分かった。衝撃的だった。まるで鹿のように走り、ボールを持った時もとてもテクニカルだった。彼がブレイクするだろうことは分かった」

すでにいくつかのアメリカの大学からオファーを受けていたマトックスはポールターの説得を受けてアクロン大学へと進学する。

「僕の家族は裕福ではなかった。(生活は)とてもタフで、成長するのは楽じゃなかったよ。母は片親なんだ。2人の大きな兄がジャマイカで僕が成長するのを助けてくれた。(育った地域は)危険なところだったけど、2人がとてもいい人生の手本になってくれてね。いかなるトラブルにも巻き込まれなかった」

そう語るマトックスは当初すぐにプロになることを望んでいたものの、大学に行けば例えプロになれなくても学位が取得できるWin-Winな状況だったので進学を選んだと語っている。

大学に入ってもゴールラッシュをみせたマトックスだが戦術面、組織としての動き、守備などは改善が必要だったという。なんでも、高校2年までは時に裸足のままストリートで4,5時間ボールを蹴っており、それまでは組織のなかでサッカーをしたことがなかったとか。

そういった弱点を克服すると、2012年のドラフトにおいて最も爆発力のある選手として評価されるまでになった。