ブレンダン・ロジャースの思考と工夫。

一方で、この大舞台に臨む上で、ブレンダン・ロジャースも様々な工夫を行っている。グレン・ジョンソンをCBの一角として起用し、右ウイングバックにジョーダン・ヘンダーソンを置く3バックは、驚くべき奇策だったと言えるだろう。

この戦術を選択した理由としては、「マンチェスター・ユナイテッドの両ウイングバックを解りやすく捕まえたい」ということが考えられる。相手の両ウイングバックが同時に高い位置まで出てきた際に、4バックのサイドバックが対応する形はサイドバックが外に広げられてしまい、中央が薄くなりやすい。ブレンダン・ロジャースは恐らく、守備面での不安がある現状を考慮し、そういった形を嫌ったのだろう。

2トップでCBの2人が常に余ることが出来ない状態ではなく、3バックで中央を補填し、かつWBを置くことによって守備面の役割を明確化する。部分的にミラーゲームを持ち込むことは、フットボールの世界では比較的日常的に行われるものだが、その目的は「役割の単純化」であることが多い。この場合も、図のようにSBとWGのどちらが見るのか解りづらくなってしまいがちなWBを、WBを置くことで抑え込もうという意図があったのだろう。

しかし、この策は失敗に終わる。

「後ろを整理したい」というロジャースの狙い自体はある程度成功したものの、中盤と前線に比較的自由を与える守備システムは、結果的に慣れないシステムでプレーする守備陣の負担を倍増させることになってしまった。特に、先制点となった12分のシーンがロジャースのフットボールにおける問題を表している。

流れを追いながら、この失点シーンを考察してみることにしよう。

先制点のシーンから見る、リバプールに根付く「問題」

カウンターでマタがボールを持って駆け上がっているが、まず24番、ジョー・アレンのポジションが間違っている。サイドバックのような位置でボールを追っているが、彼は、中央に入っていくことで縦パスを遮断しなければならない。左ウイングバックのモレノが高い位置に出てしまった事からサイドをカバーする意識があったということもあるのだろうが、それでも優先されるべきはこの場面では中央のカバーだ。

アレンが切ることが出来なかった縦パスが入り、ファン・ペルシーは右サイドに展開。ここではバレンシアが待つ。

ジョー・アレンは一度中央に入り、そこから再びバレンシアのチェックへと寄せる形になっている。また、後ろからは左ウイングに起用されたララーナが戻ってきている。

一見して解るように、サイドでボールを奪いに行くジョー・アレン、ララーナの2人と、左CBのロヴレンの距離が広く空いている。

これでは、バレンシアに2人が抜き去られた場合、適切にカバーしていくことが難しい。ここでは、右ウイングバックのヘンダーソンが大外のアタッカーを引き受け、DFラインをズラしていくことが正解である。とはいえ、「カウンターの場面で、慣れない3バック」ということを考慮すると、適切な対応をすることは非常に難しい。

そして、ポジショニングが悪い時に限って、ジョー・アレンが抜かれてしまう。バレンシアのカバーに向かうロヴレンだが、明らかに遅れており、中盤の位置にいる8番ジェラードも誰もマークしていない状態。トップクラスの選手に与えてはならないスペースが、バレンシアの前に広がっている。守備陣は飛び込んでくる3人を見るので手一杯で、左端のルーニーはフリーだ。

そして、走り込んだルーニーが、マイナスのパスを受けてあっさりと先制点をGET。守備陣は、彼の存在に気付く事すら出来ていない様子だ。

キャラガーを含めたSKYの解説陣は、最初にルーニーをマークしていたコウチーニョを批判したが、問題の本質はそこにはない。「コウチーニョがマークを外したこと」以上に問題視されるべきなのは、「最も危険なスペースである中央のゾーンが埋められていない」ことである。ここでの責任は2人のボランチ、ジョー・アレンとスティーブン・ジェラードが負うべきものだ。

勿論コウチーニョが下がっていければ良かったのかもしれないが、ここでの失点を防ぐ術はそれだけではない。アレンが外に釣り出されず、ジェラードと共にしっかりと内側を埋めきれていれば、この失点は生まれなかったのかもしれないのだ。

しかし、これは必ずしもボランチ2人の責任ではなく、チーム全体、突き詰めていけば指揮官の責任である。コウチーニョが戻るべきだと思っているのであれば「状況に応じて、人数が足りていない時はボランチのカバーに戻れ」といった指示をコウチーニョに出しておく必要があったし、ジェラードに任せるのであれば「コウチーニョと声をかけ合って、後ろから出てくる選手にも気を配れ」と指示をしておく必要があった。

そういった部分で、ブレンダン・ロジャースという指揮官は守備面で繊細な指示を出すことを苦手としている。特にアタッカーと中盤は、守備時に与えられる役割が非常に曖昧で、この試合でもマンチェスター・ユナイテッドに簡単に組み立てを許すことになってしまった。

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