痛みに強すぎたゆえの悪化だったのだろうか。また、ファン・ダイク本人もかつてこのように話し、本当に死を覚悟していたと明かしている。

フィルヒル・ファン・ダイク

「ベッドに横たわっているときのことをまだ覚えているよ。見えるのは僕からぶら下がっているチューブだけ。体は壊れてしまって、何も出来なかった。

あの時は、最悪のシナリオが頭をよぎっていたよ。

人生が危機にさらされていた。母と僕は神様に祈りつつ、これから起こり得ることについて話していた。

あるときには、何枚もの紙にサインをしなければならなかった。遺言書のようなものにね。

もし死んでいたら、僕のお金の一部は母親に行くことになっていた。もちろん誰もそんなことについて話したがっていないが、我々はそうしなければならなかった。

一歩間違えば、あそこで終わっていたのかもしれないね」

先日は「肋骨が2本折れたまま」プレーしていたというフィルヒル・ファン・ダイク。痛みに強すぎたからこそ、虫垂炎も我慢しすぎてしまったのだろうか…。