なぜG大阪から優秀な選手が生まれるのか

――宇佐美選手もそうですが、最近では堂安律選手(現PSV)や食野亮太郎選手(ハーツ)など、G大阪の下部組織出身選手が海外へ移籍するケースがすごく多いです。なぜこんなにも優秀な選手がどんどん輩出されるのでしょうか?

僕の場合はユースの3年間ですが、毎日の練習で1番よく覚えているのは4対2の鳥籠(ボール回し)ですね。

1時間近くやる日も多かったと思います。そして、それが1番上手いのが当時ユースの監督だった島田貴裕(昨年夏からG大阪ユース監督に復帰)さんでした。上手過ぎてボールを奪えなかったですね。

それと、島田さんや鴨川幸司(現G大阪アカデミー・ヘッド・オブ・コーチ)さん、梅津博徳(現G大阪ジュニアユース監督)さんのような育成年代専門の指導者を大事にしているところが大きいと思いますね。

――そんなG大阪ユース初の単身留学生(下宿ユース生)として徳島から中学卒業後に加入されたわけですが、いきなり鼻をへし折られたと伺いました。

中学時代は、四国内では無敵だったはずなのですが、G大阪ユースに入ったら自分が1番下手くそでしたね。

1年生の時はたまにベンチに入れるぐらいでした。2年生の時もスタメンはほとんどなかったんですけど、ほぼ全試合に途中出場できるところまでは来ました。

3年生になってやっとレギュラーに定着したと思ったら…6月頃に前十字靭帯を断裂してしまって。それでもプロ契約してもらえたのは、本当に将来性を見込んでもらったからなので、今でもとても感謝しています。

――平井選手がトップ昇格した年は、6選手が同時昇格して「G6※」と呼ばれましたが、その後ユース出身選手がトップチームに定着できない流れが出来ていました。

自分はFWなので自分の立場でお話しますが、当時のガンバは2トップが両方とも外国人選手だったり、多いシーズンは4、5人の外国人FWが在籍していました。

僕ら日本人のFWが結果を出していたとしても、そういう編成だったので厳しかったですね。ちょうどガンバがJリーグの中でも強豪チームになって来た頃だったので。その状況で我慢できなくて出場機会を求めてレンタル移籍をする。

同期のFW岡本英也(現関西1部・FCティアモ枚方)はその例で、アビスパ福岡へのレンタルで結果を出して、鹿島アントラーズに引き抜かれましたからね。

ユース出身のFWがガンバのトップに定着できたのは貴史ぐらいです。それだけ厳しい競争がある環境だと思います。

※G6とは?→2006年からトップに昇格した平井、岡本の他、DF安田理大(現J2・ジェフユナイテッド市原千葉)、MF横谷繁(現J2・ヴァンフォーレ甲府)、DF植田龍仁朗(現J3・ロアッソ熊本)、DF伊藤博幹(中国リーグ時代のレノファ山口FCで活躍後、2012年に現役引退)の6人組の愛称

――平井選手やMF橋本英郎選手(現・FC今治)はプロ入り5年目でレギュラーに定着し始めた選手だったのですが、現在はプロ入り2、3年目で海外移籍したり、あるいはもう完全移籍で出ていく流れです。どんどんサイクルが速くなっていますね。

今はアンダー世代の代表で海外の選手やチームと対戦する機会が多いです。そこで色んな刺激があるでしょうから、周囲の影響も大きいと思います。今は21歳でも“若手”ではないと、誰もがそう思う時代ですから。