リハビリに専念した怪我、沼津加入の理由

川又はジュビロ磐田在籍3年目の2019年4月28日、第9節の北海道コンサドーレ札幌戦でゴールポストにぶつかり、右肩を脱臼。患部の神経麻痺も患い、完全に痛みがひくまで1年以上の時間を要した。同年、磐田はJ2降格を喫し、自身も初の「ゼロ円提示」を受けた。

その深刻な怪我の影響もあり、2020年は無所属のまま迎えたが、J2・千葉のキャンプに練習生として参加。見事に契約を勝ち取ったものの、磐田時代から苦しんでいたアキレス腱の痛みにより、2年目は公式戦出場ゼロ。3年目の2022年も公式記録で僅か2分間の出場に終わっていた。

「僕の場合、アキレス腱と踵の付着部に骨棘(こつきゃく)と呼ばれる余分な骨が生えていて、それが稀に見るほどの大きさだったために痛みが生じてプレーができませんでした。1月に手術をしたのですが、今回はその骨棘はとらずに、TENEXと呼ばれる治療法でアキレス腱の再生治療をしていただきました。できるだけ足に最小限の負担しかかけずに、なるべく早く復帰できる方法を探し、様々な方々からアドバイスを受けて選択しました」

その後、約2か月間を入院とリハビリに費やし、4月からは千葉県にある高円宮記念JFA夢フィールドで本格的な復帰に向けたトレーニングを開始。6月20日からは沼津への練習参加を発表し、8月3日に晴れて正式加入を果たした。

「練習先のクラブを探していた時期に中山さん(沼津・中山雅史監督)から練習参加の連絡をいただきました。自分は怪我で直近2年間の試合やチーム練習に絡めず、ジョギングすら出来ずに歩くことにも痛みを感じていました。そんな今の自分にとって沼津のトレーニングとその強度はピッチレベルに戻るためにも絶対的に必要なモノだったんです。

練習参加は2週間の予定だったんですけど、それが合計1カ月半に延長になりました。『本当に大丈夫なのか?』と思われていたのかもしれません。同時に1週間ごとにコンディションが上がっているのが目に見えて分かっていたのも事実です。その頃、チームの連勝が続いていたこともあって(※6月から7月にかけて3連勝を含む4勝1分無敗)、雰囲気も良く、受け入れてもらえたタイミングも良かったと思います」

川又はアルビレックス新潟時代に柳下正明氏(現ツエーゲン金沢監督)、ファジアーノ岡山時代には影山雅永氏(現JFAユース育成ダイレクター)、名古屋グランパス時代には西野朗氏(ガンバ大阪や日本代表監督)、磐田では名波浩氏(現日本代表コーチ)ら、日本代表の指導者を歴任してきた指揮官たちの下でプレーしてきた。

そんな彼の眼に、指導者・中山雅史はどう映っているのだろうか?

「中山さんとは雑誌での対談やテレビ出演などで以前から面識があり、僕がジュビロでプレーした頃(※2017から2019年)にも練習場によく来られていました。監督になられた現在も現役時代のような熱さと謙虚さを保ちながら指導されていると思います。

僕は自分からアプローチして直接アドバイスをいただいているんですが、普段の中山さんはサッカーのことについて話すことはほとんどないと思います。やっぱり、選手自身がどうなりたいか?どう成長したいか?自分で考えてアクションを起こすべきだと思いますし、中山さんはそう促しているんだと思います」