サッカーの魅力とは何だろうか?
人々を魅了するスーパープレー、大勢の観客が見守る臨場感に心を傾けるのも良いが、 ふと周囲に目を配ると、歴史や文化も違う人々の代弁場という側面も無視できない。ここでは1世紀に渡るサッカーの歴史から“事件"をピックアップして過去を振り返りたいと思う。

第一回-コモ湖の氾濫

イタリアの高級リゾート地であるコモ。人口8万人の小さな山間の町には豪華な家屋が並ぶ。 古くはメディチ家や王妃マリアらが別荘を構え、現在ではジョージ・クルーニーらセレブに人気があるという。

コモに本拠地を構えるコモ・カルチョは、2002-2003シーズンにはじめてセリエAへ昇格。 初のトップリーグに意気込んだコモは、オフに既存メンバーの多くを放出し、 セリエAで活躍した経験のある選手を次々と獲得。しかし、結果としてこれが完全に裏目と出てしまった。 新加入選手ばかりでまとまりのなくなったチームは開幕から全く勝ち点をあげることができず、 第7節のブレシア戦での引き分けを最後に5連敗。

チーム状況は最悪だった。迎えた2002年11月30日、ウディネーゼ戦で珍事は起こる。
「コモ湖が氾濫したため、試合を延期する」
土砂降りであろうが雨天決行が慣例のセリエAでは珍しい“水害"での開催延期ケースとなった。

この要因は大きくわけて2つある。 1つは、コモなどイタリアとスイスの国境付近であるアルプス地方は秋に豪雨被害を浴びることが多く、 川や湖が氾濫し、洪水が起こってしまう。コモのケースでも大雨ではなかったのに開催ができなかったのは、 スタジアムが浸水してしまったからだ。 特にコモのホーム・スタジアム“スタディオ・ジュゼッペ・シニガリア"は湖畔に位置し、 湖の変化による影響を直接受けてしまう。

GOOGLEマップ スタディオ・ジュゼッペ・シニガリア

もう1つは、それまで無理やりにでも開催してきたセリエAの雨天決行の姿勢が問題視されたことだ。 優勝をかけた一戦となった1999-2000シーズン最終節のペルージャ対ユヴェントスを代表例に、 同シーズンのヴェネツィア対ペルージャ(名波VS中田の日本人対決)、 2000年の秋に再びコモなど幾つかの湖・河川が氾濫したときですら試合を決行した。 しかし、文字通り“泥沼"と化したピッチ上では選手たちに骨折をはじめとした怪我がつきまとったからだ。

今でこそ延期も見られる様になったセリエAだがその裏にはこうした事情があり、 湖の氾濫によって試合開催ができないという事例は、 当時のセリエAファンからしてみればまさしく秋の珍事であった。

なお、延期されたウディネーゼ戦は同年12月18日に改めて開催されたが、 今度は後半36分に劣勢のコモ・サポーターが乱入。没収試合となり、ウディネーゼが2-0で勝利。 コモは4試合のホーム開催権を剥奪されるというオチがついている。