南米最優秀監督に向かって、「どちら様?」

10代の後半になると、両者ともに活躍の場を更に広げている。だが、3つ目の共通点はお互い世間知らずのままだったことだ。

坂本はACミランのプリマヴェーラ在籍時にチームメイトと一軍のエース、バイエビッチ*の話になったときに「バイエビッチ?」と首を傾げて、仲間に無知を咎められるシーンがあった。

*ACミランで背番号「10」を着ける不動のエース。驚異的なテクニックに加え、フィジカルの強さも併せ持つ。

17歳で既に、チリ全土に存在が知れ渡っていたアレクシスもまた、坂本と同じく世間知らずだったようだ。2006年、チリの名門コロコロの当時の指揮官であるボルギ氏がアレクシスに獲得を打診する電話をしたときのことだ。

この年に南米最優秀監督になった有名監督からの電話を予想していなかったのだろうか、アレクシスは「えーと...ボルギ?どちら様?ボルギなんて知り合いはいないんだけど」と答えた。このときばかりは、時の最優秀監督も自分が何者であるのか、17歳の若者に説明しなければならなかったという。

フットボールにしか興味がない、そんな2人を象徴するようなエピソードだ。

代表監督との出会い

4つ目は「出会い」だろう。

坂本がユース代表でファン・ハーレン監督*との出会いを経て、「パスに意味をこめろ」と教わったことをきっかけに劇的にプレーを変化させたように、アレクシスもまた2010年W杯でチリ代表を指揮したビエルサ監督の元で「試合を理解するようになった」と語っている。

*日本ユース代表監督を勤めたオランダ人。てっぺいの才能を見抜き、自身の好きな背番号「14」を与えるなど、期待をかける。

「彼(ビエルサ)と会う前は、ボールを奪い、下を向いたまま、前に進んでいくことだけが全てだった。彼の指導の元、ゲームを理解し始めたんだ。(2010年の)W杯は自分にとってとても衝撃的なものとなったんだよ」と自身の成長を振り返った。

ところがビエルサ監督は、アレクシスの成長に自身の指導が一役買ったとは思っていないようだ。

「El Loco」の取材において「彼が自分で上手くなっていったのさ。むしろ、感謝の意を持っているのは私の方だよ」と、攻撃的なポジションならどこでもこなす万能型のアタッカーのコメントに答えている。

戦術家と名高い彼の指導をスポンジのように吸収したサンチェス。両者の成長の影には、転機となる「出会い」があった。運命的な出会いによって、原石たちは磨かれていく。

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