ユルゲン・クロップの特異性

前半では「ゲーゲン・プレッシング」についての分析をしてきたが、ここからは筆者が考えているユルゲン・クロップの発想における特異性について説明していきたい。

実はゲーゲン・プレッシングそのものではなく、「ゲーゲン・プレッシングと関連した攻撃」に関するユルゲン・クロップのアイディアこそが着目されるべきなのではないか。前述した「ボールの奪い方」に共通する部分だが、彼のチームはショートカウンターを無理やりに作り出すことを可能とした。今や世界最強ストライカーの1人に挙げられるレヴァンドフスキの存在も、彼の戦術の鍵であったと言うべきだろう。

例を挙げて説明していくことにしよう。

ショートカウンター的にミルナーがボールを保持し、オリギの足下ではなく、中途半端な位置にボールを入れる。相手CBがオリギからのプレッシャーを浴びたことでボールの処理に手間取ったタイミングで、後ろから走ってきたララーナがボール奪取。無理やりに二次攻撃に繋げている。

次も似た場面だ。CBが横を向いてボールを追い、サイドバックとの間になるスペースにボールを出すことで処理しにくい状況を作り出す。そして、相手がボール処理に手間取るようなところで、前を向いた中盤が一気にプレッシングをかける。

プレッシングからのショートカウンターを得意とするチームが抱えていた最も大きな課題の1つが、能動的に攻撃を仕掛ける術がないことだった。言い方を変えれば、相手がボールを持つことを前提した戦術だったのだ。しかし、それでは無駄に走らされて体力は削られ、ジリ貧になることも少なくない。安定して勝つためには、何かしらを変える必要があった。

そこでクロップが持ち込んだ概念こそ、「ボールを保持したら、上手く中途半端な位置にパスを出してCFが競り合い、セカンドボールを回収することで能動的にショートカウンターを狙う」というものだった。そしてその戦術に、レヴァンドフスキとフンメルスが重要な役割を果たすことになる。正確なキックを持ち味とするフンメルスが、相手が跳ね返しづらい絶妙な位置にボールを入れると、レヴァンドフスキが無理やりにスクランブルを作り出し、そのボールに準備をしていた中盤が獣の群れのように一気に襲い掛かる。

これが出来れば、当然ドルトムントはボールを持てるようになる。ボールを持ってチャンスを待ち、そこからショートカウンターを誘発する。彼らに得られた新しい攻撃手段は、強豪に対抗するアイディアを世界中に与えることになる。

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