ネマニャ・ヴィディッチ

(ヴィディッチはどれくらいマンチェスターの天気と食事を憎んでいるのかな?)

「天気には苦しんだね。(モスクワの後でも?)ああ。モスクワは冬は寒いけど、雨はそんなでもないんだ。晴れるよ。

イングランドの食事は悪くないよ。練習場のもいいし、妻も家にいるし、セルビアの料理も作ってくれる。彼女は良いパニェネ・パプリケ(肉詰めピーマン)を作るんだ。キャリントンでも『セルビアの料理は欲しい?』と聞かれたしね。

3人の子供は皆マンチェスターで生まれた。ここで最高のキャリアを過ごしたし、まだそこに家もある。問題は天気だけだよ(笑)」

(君は恐れを知らないように見える。ファーギーは君にも『ヘアドライヤー』になる勇気があった?)

「勇気はわからないな。彼はボスだ。そう決断すれば、いつでも僕を解雇できた。ただ、監督と選手の間に強い関係があるのはいいことだよ。彼らは選手を盛り上げられる。ヘアドライヤーも、目的があって使われるんだ。

ただ、フィジカル面ではファーギーより僕のほうが強いよ(笑)」

(イングランドにいた時、ダーツのファンに成ったというのは本当?)

「そうだね。本当だ。僕はダーツが何であるかを知らなかった。

それを好きになったのは、雰囲気からだ。特に180を取ったときのね。人々は歌い、ジャンプする。イングランドを離れてからはプレーしていないが、練習はしているよ。でも、ベストスコアは覚えていないね!」

(デイヴィッド・モイーズとは問題があった?)

「うーん・・・。選手は、監督が言うことを常に好むわけじゃない。それは普通のことだよ。ファーギーとの間にもあった。

悲しいのは、それが特定の事件ではなかったことだ。デイヴィッドは監督で、僕はキャプテンで、お互いにうまく行かなかった。ファーギーが去った後、我々は人々の評価が間違っていることを証明したかった。

もっとうまくやりたかったが、できなかった。我々は負けたし、その責任は共有しなければならない。デイヴィッドは監督で、僕はキャプテンだったのだから」

(モイーズが離れるとわかっていたら、もう一年残っていた?)

「いや、デイヴィッドが離れる前にもう決断はしていたよ。その時だと感じていたんだ。新しい契約を求めなかった。

僕は怪我を持っていたし、もう若いころと同じような体じゃないなと感じていた。下り坂に差し掛かって、ブレーキも壊れて動かなかった」

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