トニー・ギャラハー

「しかし、その後色々なものが出てきて、それをどうにか考えないようにしなければならなかった。真実か嘘かはともかくね。

代理人は僕を落ち着かせなければならなかったし、狂気から引き剥がさなければいけなかった。

あのクラブが僕を見てくれているのを知ったことは良かった。でも、同時にプレッシャーだったね。

何かミスをすれば、人々は『なんでバルセロナがあいつを見ているんだ?』となる。フォルカークのファーストチームでもジョークの標的になっちゃってね。

ポール・ワトソン(DF)は最悪だったよ。ドアを開けて出て行くとき、すぐ『バルセロ〜ナ』とか歌い出すんだよ!

面白いことではあったけどね。夜に家に帰って、自分の周りにあるものをどのように対処したら良いのか、父や母と話した。2週間は心から離れなかったよ。そして、試合の時にはそれがプレッシャーになる。

バルセロナの噂は、その直後の1試合で大きく影響を与えたね。頭の中には『皆にいいところを見せなければ…』と思ってしまった。

価値があるところを証明しなければならないと感じた。しかし、それが出来なければ、影響があるし、僕は殻に閉じこもってしまったんだ」

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