AFCチャンピオンズリーグ

「アジアクラブ選手権」という名で行われていたコンペティションは2002年、アジア王者を決定する目的でAFCチャンピオンズリーグに再編された。

創設初年度の2002-03シーズンは16チームによって争われ、この時日本からは鹿島アントラーズと清水エスパルスの2チームが参加。その後出場チーム数も増え、フォーマット編成を繰り返しながら現在のものにたどり着いた。もちろん、トヨタカップがクラブワールドカップに変遷されるのはACLの誕生後。

モンテネグロ代表

久保が誕生した2001年当時、ユーゴスラビアを形成していたセルビアとモンテネグロ。その後、旧ユーゴの解体によってセルビア・モンテネグロという共同国家が誕生し、同代表は2006年のワールドカップにも出場した。

しかし同年にモンテネグロが独立を果たし、代表チームもセルビアとモンテネグロの二つに分かれることとなった。つまり久保が生まれた頃、モンテネグロ代表はまだこの世に存在していなかったということになる。