偉大なベテランがwyvernに大きな糧を残す。

試合後に間瀬監督は涙を流しながらイレブンの奮闘を称えた。大会敗退の悔しさ、今季最後の公式戦勝利、土屋やMF清水貴文の負傷離脱などアクシデントも重なった。複雑な感情が入り混じる中で、選手たちの目頭も熱くなっていた。

間瀬監督は「(常澤の出場は)運命だと思っていて、この最後の試合に1番経験があるベテランで、あんなに素晴らしいプレーヤーが今季(公式)試合に出ていなかった中で、彼が試合に出る場面があった。あれだけ枠内に飛んできたシュートを全部弾き返して、生きてて良かったと思える出来事ですよね。こういうことが運命的に起こったことがね。もちろん若い土屋がケガしてしまったことはすごく残念です。でも彼は常澤と比べたら若い選手なので、またしっかり回復してやってくれると思います」と背番号1の奮闘を労った。

常澤も胸中が複雑だ。「自分は高校を卒業して20年目なんですけど、出ていない時間のほうが長い。出てないときに、いかにどうしていくかということが自分の中では大事です。突然出ることもあり得ますからね。いつでも試合に出る準備は自分の中ではしていた。土屋のケガは残念というか悲しいです。アクシデントの中で、自分にチャンスがきたから複雑な感情というか。しっかりゼロで抑えられたことは嬉しいですけど、もっと点を取れるようにしたかった。嬉しさと悔しさがありますね。複雑ですね、そういうことが多いんですGKは」と、これまで活躍してきた土屋のケガをおもんぱかるように下を向いた。

プロGKは公式戦出場ゼロで引退する選手が多くいるほどきびしい環境でプレーしなければならない。東京ヴェルディ、FC東京などJ1チームに所属したことがある常澤は、J1でプレーすることは1度もなかった。それでも2013年シーズンのモンテディオ山形では35試合に出場するなど、J2通算104試合に出場した。前述したように過酷なプロの世界で、GKという難しいポジションで100試合以上の出場は素晴らしい功績だ。

背番号1は「東北は山形で2年間プレーさせてもらって、1年目は35試合出させてもらいましたけど、次の年はゼロでした。いい思いもさせてもらったし、悔しい思いもした。そういう意味では東北には縁があるのかなと何となく感じました」と、会場の隣県山形に思いを馳せていた。

チームは2015年に創設。地域CLは初めての出場だった。過酷な3日連続での試合、難しいピッチコンディションなど、このチームは数多くの課題、難題と向き合うことを強いられた。結果敗退となってしまったが、それでもこのピッチで戦った選手たちはチームに大きな財産を残した。

「チームは2015年からできた新しいチームです。いろいろなことが初めてでした。そういう遠征をする大会に出場するのも、先月の全社が初めてでした。まだいろいろと分かっていないところが多かったチームでした。今回もいろいろなところで、もう少し改善しなければいけないところがあったと思う。1個ずつ積み上げていくことが大事だと思っています。そういう意味では、決勝ラウンドに行けないとしても、めちゃめちゃ大きな意味のあった大会だったと思います」と感慨深い表情を浮かべた。

これまで東海地域では刈谷やマルヤス岡崎などのアマチュアチームが数々の実績を積み上げてきた。若いチームのwyvernにとってこの大会で得た糧は今後上を目指すうえで必要な経験となりそうだ。

「この経験があったからこそ、これがあって良かったと思えるようになっていければと思います」と常澤は未来を見据えた。

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wyvernの激動のシーズンが終わった。今季は東海1部無敗優勝など飛躍を遂げたチームは、この大会を通じて上にあがる難しさなどを噛みしめた。来季以降このチームが高みを目指してどのようなサッカーを見せるのか楽しみで仕方ない。

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