▼ナニの退場判定が映しだしたもの
今回の一件で私が強く感じたのは、実は、多くの人がファールの解釈を曖昧にしたままなのではないか 、ということである。
サッカーは単純明快なスポーツである。桜井和寿は「手を出すな!それだけがルール」と歌い、ボール一つさえあれば世界と繋がることができると旅人は話す。しかし、一見単純そうに見えるサッカーでも、ファール/警告/退場の基準を明確に理解している人は意外と少ないように思える。
当然、私もそのうちの一人である。サッカーファンを公言し、このような場で意見を述べさせていただく立場でありながら、このあたりの解釈は正直言ってあやふやであった。今回これらの資料を総覧して初めて、それらの定義と線引きを確認できたにすぎず、上述の解釈が本当に正しいのかさえ自信がない。
繰り返す。今コラムの趣旨はこの判定を検証することではない。それよりむしろ、サッカーファンの中でもファールをめぐる解釈が一定ではないことに私は大きな興味を抱いた。 ファールは、1試合に何十回も起こりうるいわば普遍的な事象だ。ピッチに突如犬が現れたり、焚かれた発煙筒が選手に当たったりする、いわば非常事態ではない。サッカーを楽しむ上で頻繁に目の当たりする出来事でありながら、多くの人がその基準を曖昧にしたままであったことは、意外と興味深い話である。
サッカーでは、きわどい判定が起こる度に各方面から怒号が飛ぶ。実際、自らのジャッジをめぐる脅迫によって職を追われた審判も数多く存在する。それほどまでにサポーターは純粋であり、何があってもクラブを擁護しようとするものだ。それはそれで素晴らしいことであろう。しかし、今回の一件で、多くのサッカーファンが自分の意見に自信を持てなかったこともまた事実なのではないだろうか。判定に対して違和感を覚えながらも、その意見を主張するための根拠が少なくとも私には無かった。同様の人も多いことだろう。
サッカーの楽しみ方は人それぞれである。ルールを完璧に理解していないことを咎めるつもりは毛頭ない。しかし、これを機にファールについて各自が再確認してみるのも悪くはないかもしれない。その方がサッカーをより深く楽しむことができるし、何より、日本サッカーのレフェリングの質を上げることにも繋がるはずだ。
ナニに提示されたレッドカードは、赤い悪魔を敗退に追いやった。その一方で、多くのサッカーファンに対して自らのルール理解がいかに曖昧なものであるかも暴いてみせた。
私は、このレッドカードを私自身に対する注意喚起でもあったと解釈することにした。そういう機会をもたらしてくれたジュネイト・チャクルに、個人的には感謝したい。
【参考資料】
『サッカー競技規則』
http://www.jfa.or.jp/match/rules/pdf/law_soccer_all_11_2012.pdf
『競技規則の解釈と審判員のためのガイドライン』
http://www.jfa.or.jp/match/rules/pdf/gudelines_11.pdf
(出典:日本サッカー協会公式HP)
筆者名:くわけん
プロフィール:『兵庫県西宮市在住の大学生。競技としての魅力はもちろん、文化や側面としてのサッカーの魅力を一人でも多くの人に伝えたいです。サッカー実況界の神=倉敷保雄さんと写真撮ったことだけが自慢。』
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