広い肩幅と厚い胸板、パンパンに張ったスーツ姿が特徴のスアレス監督は54歳。

現役時代はDFで、名門アトレティコ・ナシオナルではあのフランシスコ・マトゥラナ監督の下でプレー。指導者に転身してからは国内とエクアドルのクラブを率い、2004年にエクアドル代表の指揮官に就任。同国を2006年ドイツ・ワールドカップ出場に導くと、本大会ではベスト16を達成。エクアドルを南米の中堅・強豪国へと押し上げた。

スアレス監督は規律の植え付けと組織の構築、相手の分析能力に非常に長けており、全員が連動した激しいプレッシングで相手から自由を奪い縦に速いショートカウンターをベースにする。

ホンジュラス代表には2011年3月に就任。最多capのアマド・ゲバラ、ダビド・スアソ、カルロス・パボンら同国を長年に渡り支えてきたスター選手が代表から退き若返りを余儀なくされるなかスアレス監督は既にルエダ元監督が築いていた規律・組織の土壌に更なる磨きをかけていく。それは宛らエルナン・ダリオ・ゴメス監督の下で歴史的なワールドカップ初出場を果たし、スアレス監督によりベスト16へ進出したエクアドル代表のように。

そして就任から間もなく行われたCONCACAFゴールドカップでその高い組織力を披露しベスト4。また、五輪代表も兼任していたスアレス監督は、日本代表とも同組となった2012年のロンドン五輪でスペイン代表を撃破。日本とは引き分け、ベスト8では準優勝することとなるブラジルに敗れたもののギリギリの好勝負を演じ大いに大会を沸かせた。

その五輪の“黄金世代”を加えながら安定感に磨きをかけ、あの聖地アステカでメキシコを下すなど余裕を持って予選突破を決めた。