アフリカ屈指の名将、サーダヌという男は何者なのか?

ラバー・サーダヌという人物は、かつてアルジェリア代表としてプレーした経験もある元選手であるが、プレーと同時に博士号を取得しているインテリ。そして、27歳で交通事故によりキャリアを絶たれ、若くして指導者に転身した経験を持つ。

彼の最初の大きなキャリアは、1979年に日本で行われたワールドユースである。彼が初めてプロの監督として率いたU-20代表チームは、日本とメキシコを破って決勝トーナメントに進出。

ディエゴ・マラドーナとラモン・ディアス擁するアルゼンチンに5-0と大敗しベスト5で大会を去るも、初出場でグループリーグを突破した。

(1979年ワールドユース日本大会のマラドーナ)

頭角を現したサーダヌは、この後35歳という若さでアルジェリアのフル代表に昇格。1982年、86年のワールドカップ出場に導く結果を出し、その後チームを離れた後もちょこちょこと苦しい時期に呼び戻されるなど、距離を置いてからも「頼りにされる」存在だった。

そして2007年、どん底に沈んだアルジェリアを託されたのは、やはりラバー・サーダヌであった。

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