ミクロネシア・ゲームスでの「初代王者」

2014年7月、私の所に英文のメールが来ました。若干怪しげでしたが、しっかりした理由で援助を求める内容でした。

「第8回ミクロネシア・ゲームスで初めてサッカーが開かれます。パラオ代表チームが参加できるよう、ネットファンドでの寄付をお願いします。目標金額は5000米ドルです」

パシフィック・ゲームスがオセアニア全域なら、この「ミクロネシア・ゲームス」(「マイクロ・ゲームス」だとXboxみたいだな……)は当然ミクロネシア地域での総合スポーツ大会です。これも4年に一度開かれ、2014年は韓国・仁川でのアジア大会のほぼ2ヶ月前、7月19日から29日まで開かれました。過去にもサッカーはエキシビションでやられていた可能性がありますが、正式採用になったのは今回が初めてのようです。

違いの一つは、こちらには「ミクロネシア連邦」では参加していない点です。この国は東西3200kmに点在する島々が、西からヤップ、チューク、ポンペイ、コスラエの4つの州を作り、それが集まった連邦制の国です。この時のミクロネシア・ゲームスではこの4州がそれぞれ選手団を作り、これにアメリカ領のグアムや北マリアナ諸島、パラオ、マーシャル諸島、赤道を越えたナウルという近隣諸国を加え、9カ国・地域で14の競技を行いました。ただし、同時期にグラスゴーでの「イギリス連邦ゲームス」が重なったキリバスはミクロネシア・ゲームスへの参加自体を取りやめたようです。

ミクロネシア・ゲームス2014、ポンペイ大会の公式マーク。公式サイトは閉鎖済みだが、「FOX SPORTS PULSE」で様子を確認できる。
http://www.foxsportspulse.com/assoc_page.cgi?c=2-10451-0-0-0

そして、キリバスがキャンセルしたサッカーは、男子のみ、コスラエを除くミクロネシアの3州にパラオが加わった4チームで総当たりをし、最後に決勝と3位決定戦。結果はポンペイが4戦全勝で優勝し、2位パラオ、3位ヤップ、4位のチュークは全敗に終わりました。

そして、このポンペイ・ヤップ・チュークの3チームから、主に10代の選手を選抜して編成されたのが、あのパシフィック・ゲームスでの「ミクロネシア連邦代表」だったようです。オーストラリア人のスタン・フォスター監督によると、サッカー協会はコスラエ以外の3つの州にそれぞれあり、連邦レベルでは未結成なので、あとは自分の責任で反対を押し切って、若い選手をそれぞれの島から選んだようです。

3戦114失点も驚きなし、ミクロネシア連邦指揮官「気にする必要はない」(ISM)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150708-00000015-ism-socc

このミクロネシア・ゲームスの時、グアムでは東アジアカップの1次予選が行われていて、グアムと北マリアナはサッカーには参加しませんでした。2次予選に進んだグアムは北朝鮮に負け、まさに今やっている中国・武漢での本大会には出られませんでしたが、その後のW杯予選での大活躍はQolyでも扱っています。

人口差12億人以上!太平洋の島で驚きの勝利が達成される
https://qoly.jp/2015/06/17/guam-national-team-beaten-india

この「パラオ支援ファンド」の紹介をくれたのは、ブラジル人のカルロス・サントス氏。彼はミクロネシア・ゲームスの結果をRSSSFに投稿してくれました。

RSSSF – Micronesia Games 2014
http://www.rsssf.com/tablesm/micronesia2014.html

そして先日、このサントス氏から再び来たメールは、このミクロネシア連邦をFIFAに加盟させるための署名が「Change.org」で始まったので、協力して欲しいという内容でした。

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